小説 川崎サイト

 

目先を変える

川崎ゆきお


 今、見の前のものに気が取られる。当たり前の話だ。しっかり見ていないと、交通事故に遭う。余所見や余計なことを思っているとき、目の前がおろそかになる。これも当然だろう。 そして、ものの考え方などでも、それがある。難しい話ではなく、目先、目前のことに気を取られるのが普通で、これが実は正しかったりするのだが、それを戒める人が結構いる。近いところばかり見ていないで、遠くを見よと。高見に上がれば見晴らしがよく、全体が見えると。
 だが、高い場所から遠方を見ているときは、それが目先なのだ。このとき、遠くが目先になる。人間の目のピントは非常に浅く、足元は視界には入っていても、ぼんやりとしか見えていない。これを同時に見ようとすると、それこそ目をぼんやりさせれば何とか見えるが、それでは何処も見ていないことになる。
 全体を見ながら部分を見るとか、部分を見ながら全体を見るとか、将来を見据えて今を見るとかもそうだ。結局は交互に見ている。交互に考えている。
 だから、今しか考えていない、今の目先だけしか考えていない人などいない。だから、程度の問題だろう。そして、先のことより、今この場での心情の方が大事だ。全ては今で決まる。
「また、ややこしいことを考えているねえ、竹田君」
「いや、そうではなく、目先が大事と言うより、そこが主戦場だと思っています」
「それじゃいけないというのが、多いでしょ」
「目先の欲で、ついうっかりですか」
「そうそう」
「それは健全なんじゃないですか。このやり方が間違っているとは思えません」
「それは言いすぎですよ、竹田君。君は世間が否定的に見ている意見や説をひっくり返したがる悪い癖がある。天才を凡人にしたがったり、凡人を天才にしたがったりとかね。それは単にひねくれているだけなのですよ、竹田君」
「そうではありません。目先のことしか考えていないような人でも、実は考えているのですよ。そこをフォローしたいのです。そして、目先はどんどん変わりますからね。目先は固定していません」
「それを軸がないと言うのです」
「軸はですねえ、先生、これは一本じゃないのです。それに最初から曲がっているような軸もあるんですよ」
「相変わらず、妙なフォローをするねえ、竹田君」
「先ほどの目先だけで動いている人も、結構安全性には努めているんですよ。自動制御装置のようなものが働くんでしょうねえ。それで、修正しているんです。これは普通の人なら、普通にやっていることですよ。理性なんて持ち出さなくても」
「まあ、何でもいいけど、何が言いたいわけかね、竹田君」
「研究対象を変えたいのですが」
「またかね。この前は心霊現象における社会学だったじゃないか」
「心霊現象じゃなく、手品師の話になってしまいましたので、それに幽霊や手品の研究では、社会的な将来がないので見限りました」
「それで、目先を変えたいと」
「そうです」
「じゃ、次は何だね、竹田君」
「目先とは何か、です」
「そのままじゃないか」
「だから、目先を変えるとは何かは、手品師とも通じます。トリックの殆どは、目先を変えることです。だから、目先は大事だと思いまして」
「何でもいいから、その目先の研究をやってみなさい」
「はい、すぐに目先が変わると思いますが」
「よーく分かっているんだね、竹田君」
「あ、はい」
 
   了



2015年4月7日

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