小説 川崎サイト

 

陰陽師

川崎ゆきお


 妖怪博士は庭の小梅を見ている。もう梅から桜の季節になっているのだが、梅はまだ赤々と咲いている。あいにくの雨で、肌寒い。寒の戻りだろう。
 こういう雨の日に限って担当の編集者が来ている。雨で取材が面倒なとき、妖怪博士を訪ねるようだ。
「陰陽師って、いたと思いますか」
「平安時代の話かな」
「そうです」
「そういう名があるのだから、いたんだろう。その家系もあるだろ」
「はい、有名は陰陽師が住んでいた場所はパワースポットになっています」
「じゃ、実在したんだろうよ」
 相変わらず妖怪博士は覇気がない。桜咲く春なのに、まだ冬眠しているのか。しかし、一度は蠢きだしたのだが、この寒の戻りで、再び眠りだしたのかもしれない。
「陰陽師は陰陽術を使いますよね」
「ああ」
「あれは本当にあったのですか」
「ない」
「そうあっさり言われると、先が」
「術はあるだろ。しかし、実がない」
「はい」
「そんな呪術か何かは分からぬが、もしあるのなら、今もある。ところが、西洋の魔法と同じで、実際にはない。ないから魔法なんじゃ」
「超能力合戦のようなこともなかったと」
「今の時代になっても、超能力で何かをやる人間はおらんだろ。これは心霊現象と同じで、手品だよ」
「はあ」
「だから、術は存在する。ただ、大した術じゃない。忍者の忍術と同じで、あんな高い塀に一気に飛び上がれんだろ。逆ならできるが」
「つまり、物理現象は越えられないと」
「全て、まやかしじゃ」
「忍術でも、肉体派と精神派があるでしょ。本当に肉体的に鍛え上げて、物理的な技を使うとか」
「それなら曲芸師の方が優れておるかもしれん」
「はい」
「しかし、物理的限界は超えられん」
「それで、陰陽師ですが」
「こだわるねえ」
「はい、今もその陰陽師が活躍しているとかの話はありませんか」
「私に聞いても知るわけがない」
「じゃ、妖怪の陰陽師は」
「陰陽師は人間、妖怪は人ではない。それに最初から架空の存在」
「陰陽師、いませんか」
「いるだろ。しかし、見栄えのある技を使えるような術者はどうかな」
「いれば、テレビで特集されますねえ」
「しかし、陰陽師を名乗るには株がいる」
「株」
「株を買うと、特定の職業を引き継げる。ブランドを買い取るようなものじゃ。縄張りとかもな。その場所では一人と決まっている職がある。そういうのを買う。これを株を買うという」
「ああ、会社の株と同じですねえ」
「だから、株を譲り受けてオーナーになる。だから、株式会社陰陽師だな」
「その株、何処で売ってます」
「陰陽師の株か」
「はい」
「未公開株じゃ」
「何かインチキ臭いですねえ」
「平安時代の陰陽師は真面目な職だったのかもしれんのう。暦を作ったりとかな」
「知ってます。天文方のようなもので、星の観測をしたりとか。地味です。そこにどうして陰陽師とかいうようなオカルトが入り込んだのでしょう。やはり星占いが怪しんでしょうねえ」
「それは験担ぎで、いい日を決める程度じゃ」
「儀式の日を決める儀式ですね」
「それより君が期待しているのは、超能力合戦じゃろ」
「そうです。そんな星の動きとか、暦とかは地味すぎます。やはり式神を飛ばしたり、呪い返しや、呪詛封じなどで、敵の呪いを交わしたり、とか」
「超能力ではないが、ハッカーなどがそうなのではないか」
「ああ、ウイルスを感染させたり、システムを落としたりするあれですか」
「昔も、それに近いセキュリティー破りがいたのかもしれんのう」
「盗み聞きするとか、密書を横取りするとか」
 実のない話が終わり、編集者は立ち上がった。休憩に来ただけなので、無駄話にも飽きたようだ。
 雨脚が強くなり、湿気を含んだ悪い風が入って来たので、妖怪博士はくしゃみをした。
 何処かで妖怪博士の悪口でも言っているのかもしれない。
 
   了






2015年4月12日

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