小説 川崎サイト

 

死兵

川崎ゆきお


 仕事もないのにスーツを着、ビジネスバッグをぶら下げている中年を遠に過ぎた男を見ると、知り合いにはなりたくない。だから、目も合わさない。これは得をすることなく、損するだけだと富岡は考えている。自分がそうなので。
 その種の男はウロウロしているが、ホームレスではない。身なりはしっかりとしている。いつでも面接に行けるように。
 これが若いのなら問題はない。しかし、定年近い年でウロウロしているのは死兵だ。死兵とは既に死んでいる兵ではなく、死を恐れぬ兵だが、実際には追い込まれ、退路も断たれたため、もう戦うしかないのだ。そしておそらく死を覚悟している。だから、追い詰められた兵と戦うのは昔は避けた。追い詰める側も、相手が退却してくれるよう、退路を残していた。互いの勢力や戦況が見えたとき、普通なら負けそうな側は戦わずに逃げる。要は敵の陣を奪えばいい。領地の村々を奪えばいい。敵兵を倒すのが目的ではないからだ。しかし、黙って渡してくれない。ただ、持ちこたえられなくなれば、引き上げるだろう。援軍が来るのなら別だが。
 だから、ウロウロしているスーツ姿の死兵を見ると、富岡はぞっとする。
 また手傷を負った兵は意外と強い。ボクサーでも瞼などを切られてから本気を出すタイプがいるらしい。野生が目覚めるのだ。手負いの狼だ。
 しかし、今は死兵と相見えるようなことはお互いにない。目の前にいても、無視すればそれで済む。それに見知らぬ相手なので、何も起こらないだろう。
 ただ、知り合いの中に死兵がいる。よく電話をかけてくる。解雇されたまま長いとか、仕事が切れたとか。この死兵は普段は交際は少ないのだが、死兵になると頻繁に連絡してくる。
 富岡はその相手をしているどころはない。自分も長く死兵をしているからだ。自分のことで忙しいし、死兵が死兵と会っても何もない。うまい話があるのなら、自分でやっているだろう。
 富岡は死兵だが、スーツ姿ではない。小旅行にでも行くような服装だ。これで職種が分からなくなる。死兵は死兵を知るで、死兵に知られないための偽装だ。
 そして、できるだけ死兵が立ち寄らないような場所を移動している。しかし、それでも死兵がおり、これは富岡と同じベテランクラスで、一見して死兵には見えない。
 富岡は死兵を長く続けているが、なかなか死なない。だから、ここに至るともう死兵ではないのだろう。去りゆく老兵だ。
 
   了





2015年4月14日

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