小説 川崎サイト

 

魔境探検高いナスビ

川崎ゆきお


 その道の探検家の話だ。自称秘境探検家、あるいは魔境探検家とも言う。その道の探検家ともなれば、もうおおよそ見当が付くだろう。その人のエピソードだ。
 田舎の道を走っていると、野菜などを売っている場所がある。小屋だが屋根が付いているだけ、だから小屋ではない。中は丸見えだ。そこに若い娘が店番をしている。もうこれだけで達人ならすぐに分かる。やってるやってると。この娘は釣りだ。看板のようなものだろう。知らない人なら、ただの野菜の直売所にしか見えない。それに若い娘が売っていたとしても、目的が野菜なら、娘よりも野菜を見る。ところが好事家は娘を見る。不似合いであることがすぐに分かる。看板娘に釣られて野菜を買ってしまった、と言うことではない。そんな娘が、この田舎の寒村にもいるだろうが、野菜の売り子はしないだろう。だから野菜を売っているわけがないと、すぐに分かる。ただ、これは長年この種のパターンを見続けている探検家でないと分からない。だから、あくまでも探検家を釣るためのセットなのだ。
 その探検家、高津と言うが、これは「やってる」と睨んだ。そして、車を脇に止め、交渉した。ダイレクトだ。娘は待ってましたとばかり交渉に入った。そこに並んでいるナスビや大根、水菜などに値段が付いている。スーパーと似た値段で、それほど安くはないが。
 交渉は成功し、非常に高いナスビを買った。ナスビにはシールが貼られている。バナナなら分かるが、ナスビにシールは珍しい。他の野菜や果物も、交渉が成立すれば貼ってもらえるのだろう。
 このシールは、レジ袋を断ったので、代わりにシールを貼ってくれたわけではない。要するに、それを持ってある場所へ行けということ。どういうシステムなのかは高津はすぐに分かったが、場所が問題だ。その秘境は桃源郷か、魔境、あるいは魔界かもしれない。
 野菜直販の小屋の向こう側に畑が拡がり、その向こうに家々が見える。昔のような農家ではないが。その背に山。そこを回り込んだところに登り口があり、赤い屋根の建物が見える。幹線道路から少し離れたところにあるモーテルだろう。これで、高津は段取りが分かった。
 大事なところは隠す。これが鉄則だが、高津としたことが、野菜売りの娘の印象を残し続けた。だから、これは失敗談だ。
 案の定、そこは魔境で、とんでもない魔獣が出て来た。しまったと思ったが、よくあることで、このあたりでは相場だろうと諦めた。
 ベテランの探検家としては、初歩の初歩の、古典中の古典に引っかかったのだ。
 高津によると、魔境は村まで下りてきており、最近は道の駅タイプが多いとか。ただし、売り子は婆さんの方が魔獣を掴まされる確率は低いとか。
 そして、休みの度に、高津は、新タイプの桃源郷巡りをやっている。
 
   了






2015年4月15日

小説 川崎サイト