小説 川崎サイト

 

仕事と体調

川崎ゆきお


 長田は冷たい雨が降る中、荒っぽい仕事をして帰って来たためか、体調を崩した。雨の日の外出は避けたかったのだが、欲に見が眩んだのだろう。良い仕事があると聞き、訪ね歩いたのだ。人伝に聞いた人しかおらず、出所が突き止められないまま徒労に終わった。ただの噂、そんなものに踊らされた長田が愚かだったのだが、もし本当なら一儲けできる。これは最近仕事がないため、そういうものに引きつけられるのだろう。藁を掴んでいる方がまだましだ。
 それで、夜半からしんどくなり、朝になっても治っていない。こういうときは士気がぐんと落ちる。体の動きも頭の動きも鈍い。鈍化だ。症状の改善はなく、熱っぽい。これは健康な証拠だ。体が自分で治そうと、色々とやっているのだ。そのため、長田は薬は飲まない。飲むと改善され、元気になったような気になる。気持ちも穏やかになる。そうなると、また余計な仕事をしてみたくなる。本当は動かない方がいいのに。だから、鈍化現象は健康な印で、動くなと言うことなのだ。まあ、トイレに立つ程度はよい。水を飲みに行く程度でも、また一寸近所で買い物程度もいい。ただ、鈍化中なので、ゆっくりと動けばいい。
 欲深い長田だが、このときばかりは欲が少し薄らぐ。欲があるとすれば、早く治ることだが、あと一日ほどはこの状態だろうと、過去の症状例から割り出している。
 昼頃にはましになり始めたので、例の噂の出所について考えてみた。
 増岡という男から聞き、谷口が詳細を知っているので、訪ねればいいと言われ、数人の人を経由して谷口を探し出すと、増岡が知っているとなった。だからガサの元は増岡だということになるのだが、では増岡はそのネタを何処から仕入れたのか。谷口は知らないというのだから、オリジナルかもしれない。ネタを作ったのだ。
 これで、長田は増岡とは今後付き合わないことに決めた。
 ところが、二日後、体調が戻りかけたとき、谷口から電話があった。雨の中、遠いところまで訪ねた相手だ。
「先日増岡さんが知っていると言いましたがね、あれは違ってました。増田さんです」
 これで、でたらめを言ったのが増岡ではなく、増岡は確かに谷口から聞いたことになる。そして、谷口は、「増岡から聞いた」ではなく、増田から聞いたことなる。もう誰が誰か、分からなくなったが、噂が増岡から始まり増岡に戻るのではなく、増田という別の男が知っていることが分かった。
「一寸遠いですがね、私は増田さんから確かに聞きましたよ」
 と谷口は親切に教えてくれた。と言うより、訂正してくれたのだ。その電話がなければ増岡を疑うところだった。
 翌朝、体調が殆ど戻ったので、車ではなく、一寸した小旅行ほどの鉄道切符を買い、特急列車で増田のいる町へ向かった。
 増田は駅裏の雑居ビルに個人事務所を出しているが、物品も売っているようだ。これだけでも、もう怪しい。そして、奥のソファーで寝ていたのか、むくっと立ち上がり、いらっしゃいと声を出した。買いに来た客だと思われたのだろう。
 長田は谷口から聞いたという話をすると、ああ、そうですか、私は増岡さんから聞きましたよ、となった。
 やはり犯人は増岡だった。
 長田はこのときがくんとなり、戻りかけていた体調ががたんと落ちた。
 この疲労感、何としてくれようかと、長田は帰りの特急で横になりながら考えた。
「すみません、ここ」
 ウトウトしていたとき、声をかけられた。隣の席の人が乗ってきたのだろう。
「あ」
 と、長田は驚いた。そこに座ってきたのは増岡だったからだ。
 しかし、よく似た男に過ぎなかった。
 
   了






2015年4月16日

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