夢売り人
川崎ゆきお
「あなたの夢は何ですか」
「流石に今夜見る夢まで分かりませんよ。テレビガイドにも載ってませんしね。また、夢を見るかどうかも分からない」
「そうではなく、描いている夢です」
「夢なんて画けませんよ。それに私絵描きじゃないから。いや画家でも見た夢を絵にするなんて難しい。資料がないでしょ。記憶しか。例えば怖い顔をした女性が立っていた夢を見たとしますね。しかし背景まで覚えていない。果たして、その夢の中に、そんな背景が書き込まれていたのかも分からない。ただ、それが家の中だったとか、森だったか程度は分かっている場合、覚えていないが、家なら家具、森なら木があったのでしょうなあ。しかしどんな木か、どんな家具かまでになると、これはもう記憶ゲームですよ。さらに色目もね。それを割り出すには標準から見て、どうかで詰めていきます。標準より長い顔だったか、丸い顔だったか。体型もそうです。身長もそうですが、比べるものがないと推し測れない。例えばドアの前に立っていたとしますね。それで身長が分かる。次は両手両足はどんなポーズをしていたのか。これも難しい。だから、夢を絵で画くとすると、これはかなり捏造ですなあ。分かっていないのに、記憶にないのに、適当に画いてしまいます。まあ、両手をぶらりとしていたんじゃ絵にならない。さらに着ているものになると、これは一瞬で全て写真のように撮ったわけじゃないから殆ど無理だ。ボタンがあったとしても色や形、そしていくつ並んでいたかになると、これはもう嘘を画くしかない。だから、夢なんて画いても、これは何ともならない。まるで嘘をついているようなものですからね」
「あのう」
「何ですか」
「あなたの夢を聞いたのですが」
「だから、ものすごい勢いで今説明したでしょ。これ以上まだ細かく言えというのですか」
「そうではなく、どんな夢をお持ちですか」
「餅? 餅の夢ですか。棚からぼた餅ですなあ」
「そうではなく、どんな夢を抱かれていますか」
「ああ、そっちの夢ねえ」
「知ってるくせに」
「はいはい、その質問、だめですよ」
「どうして」
「答えられないので、話していても詰まらんですから」
「でもあるでしょ。夢が」
「あなた、誰でした」
「夢売り人です」
「そこまで来ましたか。今のビジネスシーンは」
「昔からありますよ。皆さんの夢を叶えるお手伝いをするお仕事が」
「手伝ってもらえるのですかな」
「はい」
「手伝い賃がいるでしょ」
「ああ、はい」
「大きな海老の天麩羅の乗っている天麩羅うどん、あるいは天麩羅蕎麦でもよい。それが食べたい。ニシンじゃだめですよ。ちくわの天麩羅じゃだめですよ」
「それが夢ですか」
「手伝いならいらないでしょ」
「そうですねえ」
「あなたに手伝い賃を渡す値段で、何杯も食べれたりしますからね」
「はあ」
「では、これで」
「要するに、見る夢がないのですか」
「夜になれば、見られますから」
「また、それですか」
「あのねえ、夢の押し売りはだめでしょ」
「夢を叶えるには健康が何より。だから、この健康食品を食べることで、夢が叶えられます」
「芸がない」
「はい」
「まあ、それで欺される人もいるんでしょうが」
「でも、そうでしょ。健康でないと、何もできないじゃないですか」
「病人でも夢は見られますよ」
「夜見る夢でしょ」
「いや、この先の夢ですよ。自分の夢じゃなく、孫の将来のことを夢見ているかもしれませんよ」
「それそれ、その話をしましょう」
「いや、もう退屈凌ぎは終わったので、このへんで退散して下さい」
「そうですか」
「それより、あなた、こんなことをするのが夢だったのですかな」
「いえいえ」
「あなたの将来の夢は何ですかな」
「いえいえ」
男は去った。
この老人、こういうセールスをからかうのが好きなようだ。
了
2015年4月18日