小説 川崎サイト

 

危機感が人を動かす

川崎ゆきお


 危機感があるとき、人は動きやすい。説得力があるためだ。それで目的ができ、邁進できる。または危機からの回避のため、引きに引くかもしれない。逃げることもしっかりとした目的であり、これも説得力がある。行動に迷いがなかったりする。その判断に迷ったとしても、早く判断を付けて危険地帯から逃げるだろう。
 平和なときはこれといった目的がない。あったとしても、別にやらなくてもいいことだったりする。ここから先は贅沢な悩みのようなもので、既に平和というものを獲得しているのだから、それで満足すればいい。ところが、平和というのはあまり人を動かさない。緊迫感がないためだ。平和なので、のんびりとしており、身に迫る危機などは事故的なものでしか、起こらないだろう。
 そういうことが言えるのは平和なためで、これが常時危機の中にいれば、そんなことなど考えないで、目先のことで、精一杯だろう。
「危機感ですか」
「そうです。これが人を動かします」
「なるほど」
「だから、危機を煽るのが一番」
「危なくなくてもですか」
「危なくないものなど世の中にはないでしょ。神も仏も危ない存在ですしね。全て危ない世界です。だから、危なさなんて簡単に見付かりますよ。あとは煽ればいい」
「食の安全云々とかですか」
「安全もなにも、何も食べるものがない状態が一番危険な状態でしょ。危機を見付け出す、これがこれからの商法です」
「はいはい」
「このままではあなたは危ないってね」
「どこが」
「だから、色々と見付け出すのですよ」
「はいはい」
「しかし」
「何ですか」
「そんなことを言っているあなたが一番危ないと思うのですが」
「私は危なくない人間ですよ。救世主です。助け人です。警告を発し続けているんですから」
「それは分かりますが、そういう人、危ないと思うんだけどねえ」
「私が危ない人間だと。危険な人間だと」
「そうじゃないですが、心配事をまき散らすウイルスのような存在じゃないかと」
「誰かが言わないとだめでしょ」
「はいはい」
「人々に心配させる。これです。これが効きます。不安を煽る。これが商売の常道です」
「しかし、あなた、あまり上手く行ってないような気がしますが」
「そうなんです。実は危ないのです。だから、危機感は人を発火させる。それで、こうして火を噴いているわけですよ」
「そのまんまでしたか」
「はい」
 
   了


 



2015年5月1日

小説 川崎サイト