小説 川崎サイト

 

口と行動

川崎ゆきお


「口と行動が一致しない。これは三日ほど付き合うと分かってくる。言ってることはイエスでハイなんだが、その通りには動いていない。これは流石に初対面では分からない。二日か三日猶予がいる。待ち時間だ。本当にイエスなら、ハイなら、そのように行動しているはずだ。しかし、聞いてみても、まだ準備中とか、そろそろやろうとしているところだとかで、曖昧だ。三日目、もう一度聞いてみると、同じ答え。一ヶ月後は、もうそんな話など聞いていなかったような顔をしている。忘れていたと。うっかり忘れていたと」
「のらりくらりの人なんですね」
「まあ、そういう生き方をしてきたんだろうねえ。長年。それを修正する必要もなかったんでしょ。余程緊急時でとっさのとき以外はね。だから、つべこべ言うつもりはないし、今じゃもう仕事仲間じゃないから、被害はない。当てにしていて、やってくれてなければ迷惑だけど、今は遊びに行く程度だ。例えば新しくできた讃岐うどんの店ね。あそこはセルフで天麩羅を選んで乗せるんだ。天麩羅だけのお持ち帰りもあってねえ。天麩羅だけを買って帰るき人もいる。うどん屋じゃなく天ぷら屋だね。うどんだけじゃ儲けにならないから、高い目の魚の天麩羅、まあ、メインは海老だがね。こういうのを乗せてくれないと売上げに繋がらない。しかし、一度に海老の天麩羅を二尾三尾乗せられない。油だらけじゃないか。しかし、持ち帰りで家族分の天麩羅なら大量に買っても二日ほどは持つからね。海老より原価の安いシソの天麩羅やサツマイモの天麩羅の方が儲かるかもしれないがね。玉葱も。逆に海老はそれほど儲けにはならなかったりしてね」
「あのう」
「何かね」
「口と行動が違うという話ですが」
「だから、そういう店ができたので、誘ったんだよ。そしたら行きます行きますと言いながら、誘う度に、色々事情を言い出して、断ってくる」
「よくあるじゃないですか」
「それがその人の全てなんだ。全てその流儀でね。だから信用ならん」
「それで、その讃岐うどん屋へは行かれたのですか」
「いいや」
「誘ってもはぐらかされるからですか」
「いいや」
「じゃ、待っていると」
「そうじゃない。私は蕎麦党でねえ。うどん党じゃない。だから、本当はそれほど食べたくないんだ。ただ、どんな海老の天麩羅を揚げているのかだけは興味がある。値段と大きさで見計る。しかし、積極的には行きたくない。誰かに誘われれば行ってもいい程度だ」
「それなのに誘ったのですか、あの人に」
「そうだよ。どうせ、行きましょう行きましょうと言うに決まっている。しかし実際には行かない。だから、安心して誘えたわけだ」
「読んでますねえ」
「そうだね。私もこの手の相手とは多く遭遇している。だから、対処方法があるんだ。本当に行きたいところへは誘わない。それだけだ」
「しかし、本当に、その口だけの人、行動を伴って、今から行きましょうと言い出せばどうするのです」
「それは百パーセントない」
「ほう」
「あるとすれば」
「すれば」
「私を困らせようとしているんだ」
「うどんがそんなに嫌いですか」
「嫌いじゃないけど、食べたいとは思わんね。そういうのを食べに行くことになってしまう。これは私の負けだ。相手が上手だってことだ。それで、降参する」
「現役時代も、そんなやり取りをしておられたのですね」
「そうだね。たまにいるね。たまに口だけじゃなく、行動が伴うやつが」
「そんなときは」
「戸惑うねえ。予定にないから」
「はい」
 
   了


 



2015年5月3日

小説 川崎サイト