小説 川崎サイト



自販機まで

川崎ゆきお



 不思議な空間はリアル世界にはないのかもしれない……と、上原は何でもない住宅地を歩きながら思った。思うことで世界が生まれるようにも思える。
 上原が思う不思議な空間とは、謎が詰まった空間で、それがずっとずっと続いている。
 それなら見知らぬ外国でも旅行すれば得られるはずだが、珍しい風土とかは既にテレビで見知っていた。既製のものとして、好奇心も沸かない。
 だが行けば興奮するかもしれない。テレビで見た世界とリアルとはまた違うはずだ。しかし、現地を踏むと意外とさりげないかもしれない。下手に演出された風景をテレビや写真で見てしまうと、期待外れになりそうだ。
 上原はタバコの自販機までの道を歩いている。何の変哲もない住宅地だ。そこから不思議な世界へ渡りたい。
 その方法はある。テレビと同じような演出を加えればいいのだ。リアルが様変わりするはずだ。
 不思議な世界は頭の中で発生する。だから発生させればよい。
 上原はここを戦場だと見ることにした。自分は兵士で敵兵に見つからないように敵の占領する市街に入り込んでいるのだ。そう思うと家の窓から狙撃されないよう注意深くなる。もしあの窓から弾が飛んでくれば、どちらへ避けるべきかを考える。
 そうすると不思議な空間に切り替わる。上原はタバコを買いに行くのだが、実は自販機は通信機で、これまで得た情報を本隊へ連絡するのだ。
 上原の足取りが違ってきた。目も鋭くなり、兵士のそれになっている。
 その兵士は、テレビで見た米軍の特殊部隊だった。
 上原の両手も不思議な形になっている。自動小銃を構えているのだ。
 前方から人が来た。近所の主婦が自転車で通りがかかっただけだが、上原はそうは思わない。住民のふりをしたゲリラかもしれない。万が一を考え、攻撃できる体勢をとる。自転車の前カゴに銃器が仕込まれている可能性もある。
 主婦は妙な手つきをした男を避けるように、かなり離れてすれ違った。
 上原の危機は去った。大きく深呼吸し、自販機目指し駆け出した。
 走っているとき、上原はこの世の存在であることを忘れた。
 
   了
 
 
 


          2007年2月2日
 

 

 

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