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現実を越えた夢
川崎ゆきお
「昨日はリアルな夢を見ましたよ」
「ほう、夢の話ですか。いくらリアルでも夢は夢でしょ。現実じゃない」
「ああ、確かにそうですが、こんな現実もあったかもしれないと思うんです。うちの兄の話なのでですがね、何か就職活動をしていたらしいんですよ。時代的には三十代でしょうか。しかし、兄はずっと同じ会社に勤めていましてねえ。定年までずっと同じ。転職などしたことがありません。だから、就職活動なんて、現実にはない。でも夢の中ではリアルにそれが再現されいるんですよね。兄が家の者に、就職先が決まりそうだと言っているのを、僕は横で聞いているんです。夢の中での僕ですよ。だから、その僕は、ごく当たり前のようにして、それを聞いている。本当の兄は就職活動などする必要がなかったし、今は悠々自適に暮らしていますよ」
「それで」
「実は兄は合格したらしいんですけど、実際には臨時社員として採用されたようです。それでも一応明日から通える会社ができたわけですから、まあ、誰も文句は言いませんよ。それにしっかりと働けば、いずれ正社員になれるとか言ってました」
「それだけの話ですか」
「ところが、僕はその会社の社長、実質的なオーナーですがね、個人的に知り合いなんです。だから、平気で大きな本社ビルの社長室へ出入りできるんです。実際に何度か呼ばれて行きしたよ。これは趣味を通じての知り合いでしてね。だから、社長に兄のことを頼めば一発で臨時社員じゃなく、正社員にしてもらえるかもしれません」
「そこはリアリティーがありませんねえ」
「そうですか」
「現実よりもリアルな夢だと言ってませんでした？」
「言いました」
「しかし、あなた、そんな地位じゃないし、趣味って何ですか。釣りバカ日記のような釣仲間ですか」
「川です」
「川釣り？」
「いや、川柳の仲間なんです」
「ほう」
「だから、僕の中ではリアルなんです。現実にあり得ることです」
「しかし、そんな会社の偉いさんと川柳を通じて知り合えたのですか」
「いいえ」
「そうでしょ」
「ああ、それに僕は川柳なんてやってませんから、そんな仲間もいません」
「ほらごらんなさい。まったくあり得ない現実離れした設定じゃないですか」
「そうなんですが、夢の中では僕、川柳の達人になっていました」
「川柳に達人はないでしょ」
「ああ、そうなんですか。じゃ、名人です」
「どちらにしても、あなた川柳とかのセンスもないし、現実の上で、川柳と関わることもないでしょ」
「サラリーマン川柳なら知ってますよ」
「作りましたか」
「いいえ」
「だから、リアリティーがないというのです」
「やはり、夢は夢ですか。現実にはない突拍子もない話になって」
「だから、人の夢の話など、まともに聞くような人は滅多にいませんよ」
「しかし、夢の中では、何処を捕まえても、全部本物なんです。ごく当たり前のように」
「それで、その夢の結末はどうなりました」
「忘れました」
「忘れた」
「目が覚めたので、何処で終わったのか分かりませんし、そして何処が最後のシーンなのか、分かりません」
「つまり、夢の話であったとしても、その話の落ちとか、結末とか、そういうものもない夢の話なのですね」
「ただ、兄が就職活動をやっている姿が、非常に新鮮でした。現実にはないシーンです。それにそんなこと、想像したこともありません。でも就職したときのことは覚えていますよ。たった一度だけの入社試験で、合格しました。きっとその頃のイメージと重なったのでしょか」
「知らん。そんな細かい事情は」
「あ、はい」
「だから、他人の夢の話など、最初から聞きたくなかったんだ」
「ああ、すみません」
了
2015年5月5日