小説 川崎サイト

 

幽霊を待つ病院

川崎ゆきお


 未だに木造の病院。幽霊が出ると噂されているが、入院患者で亡くなられる人も多いのだから、それを言い出すときりがない。その噂を払拭するためには建て替える必要がある。噂の根源はこの古い建物にあり、その見かけが薄気味悪いからだ。いかにも幽霊が出そうな複雑な模様をした板壁や、気持ちの悪い角度に曲がった古木などがその演出に加わっている。確かに最新のシンプルな病院なら幽霊は出そうにないが、逆に、出そうにないような場所に出た方が怖い。幽霊はところ構わずかどうかは分からない。ただ、見る側はところを構う。出るか出ないかは雰囲気で決まると言ってもいい。
 その院長、何代目かになるのだろう。そして幽霊が出ることは、外部の人間より、内部の人間の方がよく知っている。出るのだ。院長の祖父が言い出したことで、最初の目撃者。だから、身内から煙を立てている。ただ、その祖父、しっかりと見たわけではない。
 この病院、医師不足で今は外科だけになっている。
 色々なミスが重なり、患者を殺してしまったという例は、この病院にはない。外部での噂はあるのだが、内部ではない。ないというより、あれば分かる。それらは一切ない。では、その幽霊は何なのかと気になる。
 院長は今夜も徹夜で院長室にいる。しかも外は雷雨。隙間風でカーテンが揺れる。病院らしく白く大きなカーテンで、少し洋式が入っている部屋なので、窓の背も高く、カーテンも長い。これだけでも何とかすればいいのだが、幽霊はいないことになっているので、紛らわしいものがあってもそのままにしている。それにカーテンの一つや二つ変えた程度では何ともならない。建物が古いのだ。そのため家鳴りは始終する。天井板は節だらけで、それが目玉に見えたりする。シミや汚れが、色々なモンスターの顔になる。これは病室も同じ。だから、幽霊など毎晩出放題。錯覚するようなものに充ち満ちている。
 そんな幽霊の出そうな場所で、深夜まで仕事をする必要はないのだが、この院長、少し怪奇趣味があり、待ち受けている節もある。お爺さんが見た幽霊の正体を見たいと思っている。父親も幽霊を見たと語っている。廊下の向こうに白い物が立っていたなどと。また、雨の降る日、カーテンの隙間から、硝子窓が見えるのだが、そこに人の顔があったとか。
 院長は天井の蛍光灯ではなく、机のスタンドしか付けていない。それも昔からあるようなナスビ型の白熱球だ。夏場は暑いので、蛍光灯を飛ばして、LEDに変えたいのだが、まだ使えるし、鋳物製の年代物で、院長室にはふさわしい調度品のためだ。
 雷光後、雨は小降りになった分、風が強くなり、梢が悲鳴のような声を上げる。ヒューヒューと。これも怪談演出用に植えたものでもないし、多少は手入れをしているが、この音を消すことは出来ない。逆にその音で、風の強さが分かる。
 コツンカツンと、遠くの方で誰かが歩いている音がする。来たなと院長は期待する。足音ではなく、杖とギブスの音だ。しかし、これは患者がトイレにでも立ったのだろう。
 そのとき、ドアのノック音。
「どうぞ」
 ドアを開けて入って来たのは宿直医だ。
「出ましたか」
「出ないねえ」
「それらしい体験は、僕にもあるんですが、何とも言えません」
「そうだね。今夜はこれで帰るよ。次は一週間後だ」
「徹夜じゃないのですか」
「眠くなったから、戻るよ」
「そうですか」
「君」
「あ、はい」
「誰だった」
「え」
「足音がしなかったが」
「夜なので、物音を立てないで、来たのですよ」
「本当は誰だ」
「宿直の宮本ですよ」
「ああ、宮本先生だ」
「そんな分かりきったことを」
「そうなんだがね、あとで思い出すと、あの宿直医、見たことがなかったって、ことになるような」
「なりません。宮本ですよ」
「うん分かってる」
「やはり、幽霊の噂は嘘ですよ。先代の見間違いでしょ」
「そうだね」
 この病院での幽霊談や、目撃談。体験談は百を超えている。
 しかし、院長を始め、内部の人間は、これはという怪異にはまだ遭遇していないようだ。
 見かけ倒しの幽霊病院だ。
 
   了


 



2015年5月14日

小説 川崎サイト