小説 川崎サイト

 

謎の巨木

川崎ゆきお


 五月晴れのいい日だ。空も明るく地面も明るく、草木も明るい。怪しいもの不思議なものを探し求めている高橋は、この時期が苦手だ。やはり空が暗く低く、まるで洞窟内にいるような季節の方が合っている。怪異はそんな下で起こるからだ。しかし、怪奇趣味を季節で中断するわけにはいかない。今日も高橋は町中をウロウロしている。そんな怪奇が石ころのように転がっているわけではないが、その石ころそのものの数が減り、見付け出すのも大変だろう。思わず石を投げた、などというその小石が見付からないのだ。
 高橋がその町に来たのには理由はない。足の便が悪いので、なかなか来れなかっただけ。といっても市街地なので、遠い場所でもない。地図ではすぐ近くなのだが、駅が近くになく、市バスもその町には来ていない。隣の町にバス停があるため、それで十分なのだろう。それだけの町で、特に変わったところはない。おかしな町、異様な町なら高橋はもう既に飛びついている。ただ足の便が悪いだけの町で、それも高橋の住むところから見ての話で、また高橋は徒歩移動が基本なので、自転車があれば、さっと行って、さっと戻ってこれる程度の距離だ。車でもそうだ。ただ、そういう乗り物を使わないのは、見過ごしてしまうためだ。見逃すと言ってもいい。怪しい物を見ても車だとあっという間に通り過ぎるし、また引き返して確認するのも大層になる。自転車もそうだ。止まるのが面倒なのだ。それに見知らぬ町の狭い道で、意味もなく止まれない。用事があって止まるのならいいが、怪しそうな門構えの家だからといって、それを確認するため、じっと立ち止まって見ているわけにはいかない。こういうときは、スマホを取り出して、チェックしている振りをしながら見ている。
 さて、それでやっと辿り着いた町なのだが、隣接する町と殆ど同じで、何もない。住宅地だが、古い農家などが残っている程度で、その規模は小さく、ありふれた倉がまだ残っている程度。当然神社があり、高橋は真っ先にそこを見たのだが、これもよくある境内で、特に変化はない。
 しかし、もう一箇所、こんもりとしたものが見える。大木だ。本来なら、村には神社は一つだけで、鎮守の森も一つだけ。従って、そんな大木が近くにあるのはおかしい。これも、そこまで行って確認したが大した意味はなく、お稲荷さんがあった程度だ。だが、その祠に比べ、ばかでかい木だ。神社の大木よりも高く、雲のような塊だ。
 その社の前でひょろ長い老人が立ち止まっている。近所の人ではないらしく、しかりとした服装で、大きい目の鞄を肩からぶら下げている。買い物鞄でもなく、医者行きの鞄でもない。これは同類ではないかと、高橋はどきりとした。軽登山も可能な靴。上着のパーカーも地味な色目ながら、逆にそれが値段と高さを示している。ポケットは多いがシンプルにまとめ上げられている。こういうのはフードの紐などで、品質が分かる。その紐は、フードから出ているのだが、いきなりではなく、金具からだ。その丸い金具が真鍮色をしており、紐も標準より細い目。
 その背のひょろ長い老人は体はくの字だが首で元に戻るのか、頭は真っ直ぐだ。見ている方角、といっても数メートルしか離れていないのだが、お稲荷さんの祠。そのすぐ後ろに巨木。それを同時に見ている。きっと高橋と同じように、祠の大きさに比べ、木が大きいことが気になったのだろう。
 少し横から見ると、両脇が上がっているのが分かる。レンズの飛び出したカメラで撮しているのだ。カメラの形から初心者向けの小さな一眼レフ、レンズはおそらく標準ズームだろう。この組み合わせを高橋も考えたことがある。見てくれがいいのだ。
「大木ですねえ」
「不釣り合いでしょ」
 やはり、老人もそこを見ていたのだ。
「分かります?」
「合祀でしょ」
「はっ」
「ここにも神社があったのでしょう。この大木に匹敵するほどのね。周囲にも大きな切り株があるでしょ。ここは鎮守の森だったのです」
「しかし、すぐそこにも神社が」
「祭ってある物が違うのでしょう。ここはおそらくこの地に来た特定の人達の氏神様。向こうの神社は、伊勢系です。それで複数の氏神を集めて一つの神様に纏めたのです」
「ほう」
 この老人、そう言うことを研究している人なのかもしれない。それで、高橋は確認してみた。
「いえいえ、こういう痕跡を見て回るのが趣味でして。ただ、この神社跡、どんな神様が祭られていたのかは、もう分からない。決してお稲荷さんじゃないはず」
「ああそうなんです」
 高橋の怪奇趣味、如何物趣味とは少し違うようだ。それは服装の上品さと比例する。
「でも、なぜお稲荷さんですか」
「何でもいいんじゃないですか。それに神社にはこういうお稲荷さんや愛宕さんを祭った小さな社や祠があるものです。だから、元々あったんじゃないですか。他にもあったらしい痕跡は見付かりませんが、境内だったところは会館になってますねえ。今はその敷地になっている。だから、その工事のとき、壊したのでしょ。そして、町内会館の玄関前にあるこのお稲荷さんだけは残った。邪魔にならなかったためでしょうねえ」
「有り難うございました」
「あなたも、この手の」
「いえいえ」
 高橋は、怪奇現象専門だとはとても恥ずかしくて言えない。住民を化かすキツネがいる祠ではないか、とは当然言い出せなかった。
 
   了



 



2015年5月15日

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