小説 川崎サイト

 

年寄り歩き

川崎ゆきお


「歩き方がおかしくなるでしょ」
 喫茶店の窓から表通りを見ながら男が言う。
「本当ですねえ。まだ若そうなのですが」
「老人の歩き方でしょ。あの人はまだ四十代だ」
「そうですねえ、休みなので、遊びに行くところでしょうか、山とか」
「リュックでしょ」
「えっ」
「あれがいけないんです。よくご覧なさい。ほらまた向こうから中年の男性が来ましたよ。見ていてください」
 こちらもリュックを背負った男が通り過ぎていく。横から見ると分かりにくいが、正面から見ると言ってることがよく分かる。
「ぶれてるでしょ。最初から疲れているような歩き方だ。あれはリュックが悪いんだ。その横を歩いているショルダーの人や、手提げの人をご覧なさい。年相応の歩き方でしょ」
「そうですねえ」
「歩き方が軽やかではない。足が開き、がに股のようになってます。一歩一歩が足を棒のように伸ばしている。足が重く、左右にぶれている」
「よく気付きましたねえ」
「この喫茶店の窓から毎日見ていると、それが分かりますよ。さすがに二十代の人はリュックでもぶれない。しかし、四十代を過ぎたあたりから、怪しくなります。年寄り臭い歩き方になっているんですね。肩や腕の振り方も大きく、しかもぎこちない。まるでボートでも漕いでいるようにね」
「はい」
「ほら、また来ましたよ。お年寄りの二人連れだ。元気そうで体格もがっちりしている方の人、ふらついてるでしょ。リュックですよ。横の小柄で細い老人、肩に薬入れのような鞄をぶらんと提げていますね。違いがはっきり分かるでしょ」
「はい、元気そうなお年寄りの方が大きくぶれています。歩くのも大層そうな、相撲取りが四股を踏んでいるような」
「ああして、背中に負荷をかけると、重心を上手く取れなくなります。振りにくいのですね。あれが山道の坂なら分かりません。足が重くても当然ですからね。平地だと、それが分かる。こういう市街地じゃなおさらだ」
「要するにリュックを背負っている人の方が歩くスタイルが悪く、より年寄り臭くなると」
「そうです。ただし、リュックを背負うのではなく、肩掛けなら別です。多少ぶら下がりますからねえ。左右前後に振れるのが分かります。それで、重さを逃がしているのです。ところが、リュックだと逃げ場がない。結局背中や肩の筋肉、胸や腹筋まで動員して力で押さえ込んでいるのです。それがしんどくなると、ブレ始め、足が開き加減になり、一歩一歩が重く、よたよたとなる。若い人は、筋肉で食い止められますが」
「ああ、それで、リュックなのに、手にぶら下げたりしている人いますねえ」
「手提げ鞄もそうでしょ。持つのが重くていやになると、頭に乗せる」
「ありました。子供の頃」
「しかし、小学生のように体と不釣り合いなリュックだと、逃げ場がない。それで、胸のところで抱いたりしますよ。アコーディオンのように。それほど長い通学距離じゃないので、何とかなるのでしょうねえ」
「リュックがお嫌いですか」
「リュックはいけない。そう思わないとね」
「思う」
「そう」
「実際は違うのでしょ」
「そうかもしれないが、私、リュックが嫌いだ。苦手だ」
「どうしてですか」
「見れば分かるだろ」
 男はかなりの撫で肩だった。
 
   了






2015年5月18日

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