小説 川崎サイト

 

田和の森の魔術師

川崎ゆきお


 田和の森に魔術師がいる。魔法使いの親玉で親分だ。数人の弟子がおり、この森で暮らしている。その収入源は教育だ。つまり魔法を教える。当然師弟関係となり、弟子と家元の関係になる。教えられた弟子達は独立して魔術師となるが、その殆どは弟子を取り、そして、教え賃で生計を立てている。
 つまり、魔術の使い道は、魔術関係内だけで閉じている。ただ、たまに本当の仕事がある。外部からの仕事で、当然魔法使いが必要な案件だ。魔術で何とかして欲しいと。ただ、田和の森に来る依頼者は希で、これは余程のことではない限り来ない。魔法は最後の最後の手段のようなものだろう。それに高い。
 そして、その殆どの案件は、術者を倒して欲しいというものだ。相手も魔術師なのだ。その意味で、やはり閉じた世界なのかもしれない。
 家元総帥の田和の森の術者田和角一老が直々にその依頼を受け、自らが引き受けた。
 依頼者は、敵の術者を田和の森近くの池の畔におびきだし、そこで一騎打ちとなった。多くの弟子がいるのだが、敵の術者が噂に聞く使い手のため、弟子では心許ないというより、太刀打ちできないためだろう。それほど強い魔術師なのだ。
 田和角一老のいでたちは、まるで山伏だ。背中に葛籠を背負っていないだけで、金剛棒を杖代わりにして、よろよろと池の畔に現れた。先に陣取りするためだ。先ずは風向きだ。当然風下に立つ。相手の匂いとか気配とかが分かりやすいためだ。と言っても強い風が吹いているわけではない。
 敵の術者は高級魔法師らしい豪華な扮装で、袴なのかスカートなのか、ただのワンピースなのか、はっきりしない服装だが、背中に羽まで生えている。これは本物ではなく、飾りだ。年はかなり若い。まるで男天女、男なので天男。これが名うての術者で、田和角一老も噂を聞いている。ファイアーボール、つまり火を放つ術に長けており、手の平からかなりの距離へと火の玉を飛ばすことが出来る。田和角一老は何となく見破っているが、確証はない。そのため、弟子には任せられないのだ。臨機応変さが弟子では心許ない。
 現れた敵は田和角一老を見るなり、回り込んだ。風上を嫌ったわけではない。ファイヤーボールは、その方が飛ばしやすいはずなのだが、そうではない。
 その理由は太陽だった。これで田和角一老はファイヤーボールのトリックを見破る大きなヒントを得た。太陽は田和角一老の後ろにある。つまり敵は眩しい方を見ていることになる。鏡だろうとそれで分かったのだ。ファイアーボールは反射なのだ。これを瞬時に田和角一老は悟った。
 敵は手をかざした。当然手の平に鏡が仕込まれているはずで、その反射が地面を走るように角一老の目まで来た。ファイアーボールは火の玉なのに白っぽい。これは夕日なら、赤く見えるのだろう。
 田和角一老の魔法は念流で、オーソドックスなものだ。念波、念力、これに当たると紫電が走るといわれている。電気に打たれたようなショックを感じ、それだけで気絶する者もいる。他にも眼力があり、これは物事を見極める眼ではなく、正に眼から妖気を出し、敵を錯乱状態に陥れる。視姦などもその一種だ。これは催眠術でもあり、秘伝中の秘伝。これは田和角一老の目鼻立ち、その眼孔の深さ、これは実際には奥目だが、眼が大きく飛び出している。しかし、奥目なので、飛び出しているようには見えない。これで、敵は目玉の距離感が狂い、錯乱するのだとも言われている。そのため、田和角一老は滅多に瞼を開けない。開けても細目程度。本当は大きな目なのだ。ところがそれを最後の最後まで取り置いている。しかし、これは護身用で、最後の手段なのだ。そこまで寄ってこられたとき、カッとその目を見開き、脅かすようなものだろうか。
 さて、魔術合戦だが、ファイヤーボールを放った敵が有利で、そのまま詰め寄り、両手を大きく鳥のような羽ばたかせた。袖が広いため、まるで鳥だ。当然、そこに妙薬が仕込まれており、羽ばたく仕草は、それを扇ぎ出す動作だ。風上に立つのもそのためだ。
 これはたまらんと田和角一老は金剛棒で打って出た。そうくるだろうと敵は承知しており、ひらりと後ろに交わし、妙薬の効くのを待つため、周囲を踊るように舞い狂った。魔法舞だ。これで、さらに田和角一老の目は回り、薬も効き始め、朦朧となってきた。しかし、意識が遠のくのではなく、眼にくるようだ。それで目がかすみ、よく見えなくなってきた。最後のカッと目を見開く眼力の術を使おうにも、目を開けるとさらに妙薬が染み込むため、それもできない。
 それを見た敵はそろそろ仕上げ時だと判断し、田和角一老にのしかかり、長い爪で両眼を一気に潰そうとしたとき、角一老はたまらず眼力を使った。ただ目を大きく開いただけだが、これを見て敵は奥目なのに出目なのでびっくりし、一瞬間を作ってしまった。そこを角一老、その首根っこを押さえつけ、ねじ切った。首が思わぬ角度に曲がった。
 それを見ていた弟子達は、師匠の魔術、眼孔の凄さに驚いた。
 実際には腕の力が異常に強く、林檎程度なら握りつぶせるほどの剛力なのだ。眼力で首が曲がったのではなく、力でねじ伏せ、首をひねったのである。
 敵は曲がった首がまだ戻らないのか、首を回したまま、逃げ去った。かなり首の筋を違えたようで、当分それで首は回らないだろう。
 魔術の本当の奥義、それは筋力が強いことだった。
 
   了

 

 





2015年5月20日

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