小説 川崎サイト

 

セルフ出版

川崎ゆきお


「物語が面倒になりましたなあ」
「ほう」
「物語が増えたためでしょうなあ」
「はあ」
「昔は、どんな話でも耳を傾けましたがね。嘘の話でも」
「フィクションですね」
「そうです。しかしその手の物語は似たようなものになり、徐々に付き合い切れんようになったのかなあ。それにそんな話、作者が勝手に作ったものでしょ。何とでもなる。それと意見が合っているうちはいいのですが、意外な展開になり、その結末が気に入らない。そういう作者の匙加減が見えてきたからでしょうなあ。何とでもなると」
「では、ノンフィクションは」
「これはまだ、知らないことが知れていいですなあ。だから物語り作家の物語より、その随筆の方がよかったりします。下手に作り事をして、お話しを作らない方がね」
「しかし、小説になった方が、情緒的なもの、語り切れないものなどをドラマとして、あるシーンで語らせることがありますよ」
「余計に分かりにくいじゃないですか。その回りくどさについて行けませんなあ」
「しかし、人間の持つ心情の中に、真実が」
「そんなもの読まなくても、分かりますよ。その辺の人を見ていれば」
「要するに物語が氾濫しすぎたと」
「そうです。それに最近は、他人様が作ってくれる夢じゃなく、自分の夢を見て楽しむようになりましたなあ」
「ほう」
「物語の原型は夢かもしれません。これは嘘ですからなあ。夢なので、いくらリアルでも嘘です。しかしその嘘話に何となく真実めいたというか、予言めいたもの、予兆のようなものを感じたのでしょうなあ。夢のお知らせですよ。しかし、そうそう名作の夢が見られるわけではない。他人の夢も聞いてみたい。そのうち、夢を作るようになってきた。これが物語の発生ですよ」
「そうなんですか」
「嘘ですがね」
「ああ」
「要するにですなあ。他人様の物語、夢を見せて貰うのではなく、自分で作れるようになったのですよ。皆さん戯作者です。これはでですなあ、昔に比べて絵の画ける人が増えましたでしょ。それに近い。自分でもお話しが作れるのですよ。だから、人様が作ったものにお金を払ってまで見る必要はない。逆に、自分が作った方がもっといいのができると思えるようになってしまったんでしょうなあ。自分より物語作りの下手な人の話、お金を出してまで聞きますか」
「でもノンフィクションは違うでしょ」
「当然そちらのほうが範囲が広い。読んで、聞いて初めて知るようなことばかりです。しかし本当の現実はどうかは実際には分からない。だから、フィクションも一つのお話しなんですよ。これはまあ夢の材料仕入れですなあ。これは世の中と地続きだ」
「では、物語の時代は終わったと」
「読者が物語を作り始めましたからなあ。終わったのではなく、昔の夢に戻ったのでしょ。そんな夢など見ていないのに、けったいな話をこしらえるとかね」
「けったい」
「奇妙なと言うことですよ。やはり怪奇でないと、話は面白くない。普通の話じゃ聞かないでしょ」
「現実ではありそうにない話ですね。フィクションも遠い時代や非常に専門的な話になると、現実とはかけ離れ過ぎて、いいのかもしれませんねえ」
「最近夢を見なくなってねえ。その代わり、起きているときに夢を見る」
「大丈夫ですか」
「白昼夢じゃないよ」
「はい」
「色々なことを思い浮かべる。これは天然物で、自生だ。これを見ているほうが下手な作り物の物語を見ているより、ましだよ」
「お一人様専用ですねえ」
「これをセルフ出版という」
「またまた」
 
   了



 

 


2015年5月28日

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