小説 川崎サイト

 

書院を鳴らす

川崎ゆきお


「ワープロ専用機? まだそんなものを使っているのですか。いや、それよりも使えるのですか」
「はい、まだ一度も故障したことはありません。それで動かなくなったとかも。エラーで固まることはありましたが、未だに使えます」
「不便でしょ」
「最新のパソコンは三年に一度は買い換えていますよ。当然そちらのほうが早いし多機能です。しかし、それがいけない。使わないような機能の方が多くてねえ。メニューを開いても、一生使わないようなものばかりだ。これはパソコンのワープロソフトに限ってのことですがね。パソコンなので、色々なアプリケーションが入っているでしょ。使わないものが並んでいたりします。特にメーカーものはねえ」
「パソコン向けの軽いエディターなら、機能はワープロよりも押さえられて、使いやすいのでは」
「私はプログラマーじゃないから、そんなのはいらないです。それにワープロ並みにメニューが多いですよ」
「じゃ、パソコンに最初から入っているメモ帳のようなものなら」
「あれは文化がない」
「あ、はい」
「ワープロ専用機には、雰囲気があった。例えば書院とか、文豪。これは雰囲気が出るじゃないですか。キーボードの一つ一つが書院であり、文豪なんですよ。書斎の一部です。専用機ですからねえ、それだけに特化している」
「まだ、そんなものが動いているので、驚きました」
「もう売られていませんよ。私の知る限りはね。しかしそれらはまだ電源が入るし、動く。私が最後に買ったのはフロッピーに落とせるタイプでしたから、これでパソコンでもテキストファイルとして読めますよ。流石にインターネットは無理だけど、パソコン通信はできます。また、赤外線で通信もね。まあ、それらはオマケのようなもので、使っていませんが。プリントもできますよ。これはワープロ専用機なので、当然ですよね。タイプライターのようなものなんだから」
「それで、お仕事を」
「そうです。実際に文章をタイプするのは、この古いワープロ専用機なのです」
「それは、ものを大事にするということですか、それとも愛着ができて、他のものじゃだめとか」
「いや、私が求めているのはタイプライターなんです。文字をキーボードで打てればいい。これは話し言葉、書き言葉の次にある打ち言葉なんです。打てば響く、反応がいいのです」
「打てば響く言葉って確かにありますねえ」
「楽器で言えば、打楽器だ。これは一番最初の楽器じゃないかと思いますよ。楽器じゃなくても、叩けば音が出る。木でもいいし、岩でも石でもいいんだ。そして、一番身近にあるのは手を叩くだ。手拍子、足拍子、これは道具がいらない」
「タイプライターや、キーボードはピアノやオルガンに近いですねえ。指を使うので」
「そうなんです。だから、ワープロ専用機じゃないと、いい音色がしない。書院のキーボード、文豪のキーボード、これは音が違うんです。私は書院派ですがね」
「文豪って、何ですか」
「ワープロ専用機の名前です。しかし名前負けします」
「はい」
「羨ましいです。そういう世界観があって」
「そんな大層な。しかし、今持っている書院が本当に壊れたら代わりがない。それで、出物を探している最中です。使わないで、何処かに眠ったままのがあるかもしれないのでね。できれば電源を入れっぱなしで、つまりコードを差したまま眠っていてくれている書院ならかなりの金額出します」
「はい」
「一番いいのはね、元箱に入ったままの書院です」
「それは」
「箱から出してもいいですよ。でも一度も電源を入れていない書院です」
「ありますかねえ」
「買ったまま忘れてしまい、元箱のまま仕舞い込んであるとか、引っ越しのとき、書院も持ち出したが、段ボールの中に入れたまま、まだ開けていないとかね」
「はあ」
「しかし、やはり、この使い込んだ私の書院が一番いい。私の指の皮でキーボードは磨かれています、かなり禿げた。しかし、指の乗り具合が擦れて摩耗し、丁度いい感じなんだ」
「いいですねえ、その感じ」
「これはねえ、洗濯板のようなキーボードを買ってきてもだめなんだ。最初からくっついてるタイプでね。その方が重心がいいし、響きもいい。音色が違う」
「はいはい」
「ここまで持っていくのに何十年もかかったよ。しかし、まだまだ浅い。ワープロ専用機なんてできたのは最近だ。味が出て来るのは、これからかもしれん」
「はい、大事にして下さい」
「うむ」
 
   了




2015年5月29日

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