小説 川崎サイト

 

暑い日の五食

川崎ゆきお


「暑くなると食べるのが面倒になりますなあ。食べる楽しさがないのは淋しい。これは三食とおやつ。おやつは二回として、都合五度の楽しみ。一日の中で、五回ですよ。楽しい時間が過ごせるし、次のご飯を楽しみにもできる。おやつはこの時期は水ようかんやところてん、わらび餅も良いが、あれは結構量が多い。流石に暑いときは大福餅やおはぎは少し暑苦しい。それでも三食のご飯より、このおやつが一番楽しみだ。特に暑くなると、五食ともきつくなる。腹が減るので、食べないといけないので、食べているだけになる。まあ、昼はソーメンでもいいが、あれは腹を冷やすし、腹持ちも悪い。それにカロリー不足で倒れそうになる」
「僕は夏は冷し中華です。これさえあれば何とかなりますよ」
「そうだねえ、冷やしうどんや冷や麦、ああ、忘れていた、ナンバーワンのざる蕎麦。もうそんな季節になっていたんだ」
「ご自分で作られるのですか」
「そうです。一人暮しなので、全部自分で。乾麺の蕎麦を湯がいて、それを食べるのは味気ないですよ。やはり、食堂がいい。コンビニのではだめだけど、自分で作るよりはましだ。しかし、自分で作るとねえ、薬味を色々入れられる。私は山芋と大根卸しが好きだねえ。卵も入れる。ウズラの卵より大きいのでね。それに安い。そうなるとねえ、蕎麦より、この薬味の方に栄養があることになる。蕎麦はいらないんじゃないかと思うほどね」
「冷し中華も簡単ですよ。ハムとかキュウリを乗せればいいので。まあ、卵は焼かないとだめですが、出汁巻き卵売ってるでしょ。あれを細く切ればいい。まあ、何を乗せてもいいんだ」
「冷し中華か、蓋を開けるとき、引っ張りすぎてぶちまけてからは、もう買わない」
「冷やし中華用の麺がありますからね、また出汁も付いているパックもありますから。皿のようなパックがだめなんでしょ」
「そうか、その手もあったか」
「まあ、暑くなると食欲が落ちますからねえ。牛乳やジュースが効きますよ。飲むだけでいい。飲むヨーグルトとかもね」
「あなた、野菜と果物入りのジュース、飲めますか」
「売ってますねえ。野菜ジュース」
「はい、さらに果物入りなら最強でしょ」
「そうですねえ」
「私、だめなんです。あの匂いが。人参色してますしね。何か鼻に来るんです。人参は嫌いじゃないですよ。野菜を煮たもの毎日作っていますよ。人参も入れてますからね。しかし野菜と果物入りジュースだけは飲めない」
「あれは、効率がいいですよ」
「分かりますか」
「え」
「だから、飲むと調子がいいとか」
「ああ、それはありませんが」
「乳酸飲料もどうなんでしょうねえ」
「あれは、腸に効きますよ」
「あ、そう」
「便通がよくなりますしね。腹具合もよくなる」
「効果が出ましたか」
「ああ、まあ」
「飲んですぐ効きますかねえ」
「あ、はい」
「私、牛乳飲むと下痢をすることがあるんです。それに腹がごろごろして落ち着きがなくなる。腹が据わらない。悪い側にはよく出るんですが、調子がいい側へはすぐには出ないんじゃないですか」
「そうですねえ」
「歯の治療中、牛乳とジュースで済ませたことがあるんです。腹がもうチャンポンチャッポンで、歩くと音がしそうでしたよ。やはり固形物を入れないと、腹が承知しません」
「あ、はいはい」
「それで、夏場は食欲がなくなるので、お茶漬けが多いですが、最近茶粥を覚えましてねえ」
「ほう、それは本格的な」
「お粥さんなんだけど、お茶入りだ。お粥さんにお茶をかけるんじゃない。それならお粥茶漬けだ。そうじゃなく、炊くとき、水じゃなくお茶を入れて炊くんだ。しかもかなり水分を多く入れて、柔らかい目のご飯じゃなく、しゃぶしゃぶでご飯粒が泳いでいるようなね。これがご飯の粘りとお茶との戦いで、お粥の粘りがお茶の渋味で締まる。ここが見せ所なんだなあ」
「手間がかかるでしょ」
「これはねえ鍋焼きうどんや、味噌煮込みうどんのときの土鍋で作るとマイルドでいい。炊飯器じゃあの味は出ない。ご飯なんて、普通の鍋でも炊けますからねえ。ただ火加減が難しいし、噴きますからねえ。そして蒸らし時間が問題で、丁度冷めかかる頃に食べるんですよ。これは大作ですが、ただのご飯です。しかもお粥です」
「おかずは」
「ああ、それが問題なんです。これだけじゃそれこそ粥腹で持たない。それに大量のお粥さんを食べると胸が悪くなりますからねえ。ただ、茶粥だと、結構入ります。殆どお茶ですからねえ。見た目ほどの量はない」
「それでおかずは」
「そこなんです。それに合うおかずがない。普通のお茶漬けなら塩昆布でも漬け物でもいいんだが、それじゃやはり腹が減る。まあ、あっさりと冷や奴でもいいんですが、これは厚揚げを焼いたものが意外とよろしい。少し油がありますからねえ。厚揚げは三角に限ります。それを薄く二つに切るのです。あの三角の表面を分割するんじゃなく、厚いので、厚揚げ。それを浅くするため、つまり薄くするために切るのです。しかしそれで薄揚げになるわけじゃないですよ。ちゃんと中に豆腐の白いのは入っている。この方が早く焼ける。で、この三角は空母なんです。あの広さがないと、その上に唐辛子を乗せにくい。醤油が先か、唐辛子が先はもう長年結論が出ぬままでしてねえ。唐辛子は七味唐辛子に限ります。それを蒔いた上に醤油をかけると、醤油がこぼれにくい。しかし、醤油の上から振りかけたときの方が綺麗だ。さあ、どっちがいい」
 聞いている相手は寝てしまったようだ。
 
   了





2015年5月30日

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