小説 川崎サイト

 

改宗塚

川崎ゆきお


 怪しいものを見付ける臭覚のある高橋は、その町に入った瞬間、もう見付けた。そういう場所はある程度古い町に限られる。数百年前から村があったようなところで、当然旧家や寺社程度は今も残っている。
 そのため、臭覚と言っても、ある程度打率の高い町を選んで入り込んでいるのだ。
 その怪しいものとは、空き地。しかし、わずかに高く、周囲は石組みされており、その組み方が古い。石垣の組み方にも流儀があるようだが、高橋はそこまでは知らない。ただ、自然の不揃いな石を積んだもの、だから古いかもしれないと思う程度だ。石垣は低く、人の腰程度。だから、盛り土が崩れないようにするためだろう。空き地は安っぽい建売住宅が一戸建つ程度の坪数。ただの更地ではなく、それなりに手入れされているのだ。中央奥に枯れてしまった木がある。この盛り土ができた時代のものかどうかは分からないが、最初から家が建っているのなら、そんな神木のような古木はないだろう。それに村時代なら、小作人が住んでいた程度の家だろうか。周囲の家は大きい。旧家が建ち並んでいた場所らしく。しかも坪数がどれも広そうなので、裕福な百姓が集まっていた場所のようだ。そして、その隙間にぽつりと更地。神社でも寺でもない。祠もない。石垣沿いに草花が植えられているが、真ん中は相撲の土俵のように、何もない。
 中央部にあるべきものがないので、高橋は怪しんだのだ。またこの空き地、公園でもない。そうなると、塚ではないかと高橋は早合点した。何かの墓。
 よく村のこういうところに日露戦争時代の忠魂碑が盛り土の上に立っている。それに近い面積と作りだが、そういうものがない。謎だ。
 流石にこれは聞いてみなければ分からないと、すぐそこに見える大屋根が連なっている規模の大きそうな寺の門を潜った。ただ、勝手口から勝手に侵入したのだが、口が開いていたのだから、まあ、入っても良いと思ったのだろう。これは言い訳になる。しかし、村の規模から見て、この寺は大きすぎる。だがどう見ても村寺だ。村人が檀家の。
 あの空き地の謎というか、もし歴史的遺産なら、地元のお寺さんが詳しいはず。
 高橋が境内を数歩進み、よく手入れされた庭を横切っているとき、何処で見ていたのか、作務衣のようなのを着た住職らしい中年男が出て来た。
「そこの石垣のある空き地なんですが」
「塚」
 ひと言だ。これで解を得た。当たっていたのだ。
「何の塚ですか」
「うむ」
「妖怪塚とか」
「まあ、その類だろうか」
 住職はそれ以上語らず、庫裏の方へ去った。庫裏と言っても普通の家だが、本堂の屋根瓦と同じものを使っている。大きな寺だと思ったのは、この住職の自宅込みのためだろう。
 こうなると、お寺さんの次に詳しいのは神社だろう。次は旧家だ。大きな屋敷が数宅ある。そこを訪ねれば分かるはず。
 神社はすぐに見付けたが、方角だけだ。大きな繁みがあるので、その下だろうが、意外と遠い。
 それで、もう一度その塚の前に戻ると、空き地の上に人がいる。近所の人だろうか。お爺さんが土俵入りをしているわけではないが、土俵のような地面を箒で掃いている。この人に聞いた方が早い。
「ここは何ですか」
「ああ、木札があったのですがね、古くなったので、読めなくなって、撤去しました」
「何ですか、ここは。お寺さんで聞いても教えてくれません」
「そりゃそうでしょ」
「ほう」
「ここにはお経や仏具が埋められているんですよ」
「はあっ?」
「改宗塚です」
「ほう」
「あのお寺さん宗派替えをしましてねえ。もう昔の話ですよ」
「いつ頃」
「さあ、鎌倉か室町じゃないですか」
「どういうことです」
「この地方に大きなお寺ができましてねえ。千僧という地名が残っているほどです。千人も僧侶がいるぐらいの規模ですよ。そことここのお寺は宗派が違う」
「それが問題でも」
「僧兵なんかがいた時代ですからねえ」
「はあ」
「改宗しないとやっていけなかったんでしょ。その証しとして、お経や、代々伝わる光り物の仏具なんかも埋めたのですよ」
「土葬の時代でしたからねえ」
「まあ、機会があれば、掘り返せるように、しっかりと箱に入れてね」
「はい」
「これまでの宗派は捨てたことをしっかりと見せるために、埋めて、改宗塚として示したんでしょうなあ」
「それが幸いしたのですね」
「え、どうして」
「だって、今もそのお寺残っているし、周囲の村寺よりも大きいし、立派です」
「そうです。そうです。大きな勢力下に入ったので、村も安泰、寺も安泰でした」
「その大きな宗派、今はないのですね」
「ありますよ。でも、今はそんな時代じゃないし」
「それともう一つ」
「何ですかな」
「まだ、下に埋まってますか」
「ないです。戦争中、防空壕として使ってました」
「防空壕を掘るとき、出て来ませんでしたか」
「そんなもの、とっくの昔に盗掘されていましたよ」
「ああ、はい」
 高橋は、今回は本物にぶつかったので、勝手が違うのか、普段よりも無口だった。
 
   了




 


2015年6月8日

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