小説 川崎サイト

 

空の祠

川崎ゆきお


 妖怪博士は参考人して呼び出された。悪いことをしたわけではないが、いもしない妖怪談をやるためだろうか。これは語りだが、騙りでもある。まあ、語りとは都合のいいように騙るために話すようなもので、何等かの方向性を見せるためだ。当然語る側が有利になるように。
 悪いことなどしてないはずの妖怪博士なので、ここで言う参考人とは、参考にしたいからご足労願いたいという話で、依頼者は町だ。ただ市町村よりももう一つ規模の小さな町内だ。自治会と言うほどの組織ではないが、その村のような区域の有力者、旦那衆に呼び出された。ただ、丁寧な招待でもあり、交通費や宿は町持ちだ。ある意見を聞きたいという。
 その意見とは、祠をどうするかだ。町の丁度いい余地に集会所を建てたいのだが、そこに祠がある。何が祭られているのかは分からない。これを撤去しても、あまり問題はなく、苦情を言う人もいない。たまにお参りに来る人がいるが、他にもそれに類する祠や、石地蔵や、単純な形をした子安地蔵などもある。
 その祠は空で、祠だけの祠なのだ。最初から何も祭られていない。これに関して、古老も認めている。何もお祭りしていないし、謂われも何もないと。
 ただ、その長老が子供の頃からあったらしい。さらに町の物知りの話では、何かを祭るために入れ物だけを先に作ったのだろうとの説もある。
 その祠、犬小屋ではないので、しっかりとしている。基礎は石組みされ、その上に木造の祠が乗っている。しかし、祠自身に秘密があるわけでもなく、種も仕掛けもないようだ。それに由来があるのなら、誰かが知っているはず。
 妖怪博士は早速その祠を見せて貰った。参考人というか、専門家の意見は重い。それで、取り壊すかどうかが決まる。価値なしと言ってしまえば、それまでだろう。
 妖怪博士の参考意見は最初から出ている。実物を見るまでもなく、取り壊すべきではないと。しかし、今回は、何も祭られていない空の祠なのだ。長い年月を経て、何かよく分からなくなった物ではなく、最初から分からないのだ。それに正体が最初からない。祭られているものがないためだ。
 妖怪博士は何も祭っていない祭壇のようなものをのこかしてもらい、その下の床も外してもらった。半ば腐りかけているが、何度か張り直したらしい。狭い空間が下に見える。井戸ほどの大きさだ。それをしげしげと懐中電灯で見ていた。
「これは虚構への供物ですなあ」
 妖怪博士は、もう机上論に走るしかない。
「価値があると仰いますか」
「これはアースじゃよ」
「殺虫剤」
「違う。あちら側へのアース。雷除けのようなものですなあ。地下へ散らすのですよ」
「なな、何のアースですか」
「単純に言えば、雷除けも魔除けも同じ」
「はいはい」
 妖怪博士はいつもの編集者に話すように饒舌を慎んでいるが、ついつい言葉が浮くようだ。
「しかし、こういうスポットは町に何カ所かありまして」
「それらは固有のものでしょ。しかし、この空の祠、凡庸性があります。特定の能書きがない。空海をご存じですかな」
「御大師さんですね」
「空と海、これはソラではなくカラなんじゃ。空と海ではなく、海水のない海。これに近いものがありますなあ」
 ここで博士は少し言いすぎたようだ。
「これがなくなるとどうなります」
「貴重なアースが消える。よって町が荒れる。それだけです。この町だけが地震や大雨の被害に遭うようなことはありませんが、人心が荒れる。邪や魔が入り込み、人心を荒らす。大した被害はないでしょうがね。町はすさみますなあ。古人、おそらくこの祠を建てた人は、それを読んでいた。ただの魔除けかもしれませんが、魔にとって、意味不明な装置に見える。何が祭られているのかが分からない。これは不気味だ。よって迂闊に手が出せない。入り込めない村となる」
「つまり博士は、これは一種の魔除けだと」
「その効果は明確なものではなく、地味なものです。現にあなたがたはわざわざ私を呼んだ。取り壊すかどうかでね。そんなもの取り越せばいいじゃないですか。しかし、即断しなかった。この祠がそうさせているのですよ。それだけ、この町は善い町なんだ。荒れていない。邪が入り込んでいないからです」
「そうなんです。気になって、気になって、もし取り壊せばバチが当たるんじゃないかと」
「できれば、移転もだめですなあ。弘法の杖です」
「はあ」
「この地面に杖を刺すようなものです。水は出て来ませんが、ツボを刺している」
「針治療のように」
「そうです。だから、四方を敷石で囲み、その中央部に長い石が立っているでしょ。祠や御神体ではなく、この石が全てなんです。上物はいらないほど。しかし、裸で魔除け石を突き刺すわけにはいかない。躓けば倒れますからね。だから、それをカバーするのが上物の祠。祠には意味はありません。これで邪なるものを地面にアースしているのですよ。いわば結界石ですなあ」
 妖怪博士は、雄弁すぎるほど騙り散らした。舌に釘を打つべきだろう。
 結局学識経験者、専門家の参考意見に町は従った。最初から、町もそう決まっていたのだが、念のためだ。
 集会所は別の場所に建てられ、カラの祠は妖怪博士のお墨付きを頂き、残された。
 今もその祠は妖怪堂と呼ばれている。
 
   了




2015年6月10日

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