小説 川崎サイト

 

奥の花

川崎ゆきお


 観光地から少し離れたところにある旧家。周囲に農家はない。樹木で囲まれいるが、防風林ではない。家の正面入り口に通じる道があり、車でも入り込める。駐車場と言うよりも、庭に近いような空間がある。そこはできたときには計算されていなかったのだろう。また個人の家にしては駐車スペースが広い。
 観光地には温泉と有名寺院がある。その旧家のある場所まで足を伸ばす人はほとんどいない。土地の人もあまり寄り付かない。怖そうな旧家ではなく、実は料理旅館なのだ。ただ、ここは殆ど知られていない。色々な取材を受けたり、グルメ関係の案内にもない。当然ネット上のそういうところにも。
 田圃の中にポツンとあるわけではなく、木々が生い茂る川沿いにある。不思議と田圃になっていないのは荒れ地、または水はけがよすぎる湿地のためかもしれない。葦が一寸した風情を見せている程度で、観光コースにも当然入っていない。
 この川沿いから少し離れた道は車は通れるが、地元の人は滅多に通らない。その先は山になるためだろう。山への入り口は方々にあるため、ここを通る必要はないのだ。
 この料理旅館、見た感じは旧家の古い建物が残っているように見えるのだが、地元の裕福な人でも、この形の家は建てないようだ。料理屋には見えず、旅館にも見えない。
 ここに来る客は夫婦だ。しかし、男性の年齢に比べ女性が若すぎる。その逆もあるが。
 要するに妾や鴎や愛人とのお忍び旅用チェーン店の一つなのだ。そういうチェーンがあるわけではないが、あそこなら、あの家、ここならあの家という風に、そういう目立たないところにある郊外型待合だろう。
 駅前の観光案内所にも、この料亭は案内されていない。案内所で聞いて来ましたという人を避けるためだ。ただ、一見さんお断りではない。ペアなら大丈夫。
 しかし、年々、そういう客は減ってきたため、食事だけを出すようになった。これがベラボーに高い。さらに座敷には通さず、駐車場の横に建てた食堂で食べる。靴を履いたままでよいが、逆に履き物を脱いで上へ上がるには夫婦連れか馴染みの客に限られる。そのため、奥の部屋割りはどうなっているのかは分からない。
 食べに来るだけの客は、そんなことは知らない。
 殆ど誰も通らないような場所にあるのだが、ドライブ中、寄り道をして、そこに入り込むことがある。そんな人がここを見付け、珍しい食事処として自慢したりする。
 観光地も近く、また料亭なので、高いのは承知の上だ。ただ、グルメが唸るようなものは出ないが、いい食材を使っている。天麩羅の盛り合わせに出る海老の大きさは尋常ではない。
 ただ、その駐車場脇にできたお食事処から、玄関に入る宿泊客が見えないようになっている。
 当然料亭でもあるので、座敷に上がり食べるだけでもいい。ただ、ここに来る夫婦は、それが目的ではないので、殆どが泊まり客、またはご休憩だ。
 心を込めてのおもてなしはない。あまり顔を出さないことが最高のおもてなしのためだろう。
 老舗料理旅館も色々ある。その色の一つとして、奥の隠れたところで咲いてるいる花だろう。
 
   了

 

 






2015年6月13日

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