小説 川崎サイト

 

ヨシバの神

川崎ゆきお


「吉葉会ってご存じですか」
「ヨシバ会」
「はい」
 有馬の隠居と政財界から言われている人の邸宅だ。名はあるのだが、誰も本名は言わない。ただ、この隠居、本当に隠居になってしまったようで、今では何の影響力もない。政財界を影で操る黒幕だと言われていたが、現役時代も、そんなことはなかった。ただ、裏に詳しい人だ。そのため、たまに聞きに来る人がいる。これだけでは収入としては少ない。これが黒幕ではなかったことの証明だろう。財はない。
「吉葉会ねえ」
「分かります?」
「ヨシバ、ヨシバ。うんうん、あれかもしれん」
「分かりましたか」
「親睦団体じゃないのかね」
「そうです」
「それで」
「はい、それで、何の集まりなのかが分からず、また、何も活動などしていないように思えるのですが」
「そんな団体はいくらでもあるわい」
「はい。でもたまに吉葉会と相談するとか聞いたことがあるのですが」
「それはおかしい」
「はあ?」
「ヨシバと言う名さえ出さないのが吉葉会だよ」
「そうなんですか」
「君が聞いたのは偽の吉葉会かもしれんし、本物の吉葉会の名を騙っただけかもしれないねえ」
「でも有馬の隠居は、吉葉会をご存じで」
「たまに出て来るが、それは内緒の話のときでね。私も最初は何かの符丁だと思っていたが、少し知り合いに聞いてみると、実体があるらしい」
「どういう会なのですか」
「だから、親睦団体のようなものさ」
「何の」
「それを話すと長い」
「短くお願いします」
「長くても延長料金は取らないさ」
「はい」
「古い」
「だから、吉葉会」
「それなら、古葉会だろ」
「ああ、吉田の吉でした」
「漢字なんて、どうでもいい。それ以前の話だから」
「あああ、はい」
「寄場神社を知っているかね」
「知りません」
「そこがヨシバの本拠地だ」
「いつ頃ですか」
「神話時代かもしれん」
「そっちの系譜ですか」
「違うが、それほど古い」
「はい」
「まあ、言ってみれば帰化人だな。ただ、当時はそんな言い方はない。渡来人は我が国に帰化した人達だろ。その我が国がまだなかった時代に来ておる。だから、帰化するもしないもない。ただ海を渡って来ただけ」
「何処から」
「色々な人が来ていただろうねえ。その中の一つがヨシバだ」
「はい」
「日本での本拠地は山の中、かなり内陸部だ」
「九州ですか」
「全国至る所に居着いているだろう。ヨシバに限らず」
「はい」
「寄場神社に祭られている神様が、さっぱり分からん。系譜が見えん。一応日本の神様のような名は付いておるがな。しかし神社などできたのは最近のことだ。その寄場神社がある場所が彼らの日本での故郷だ。今は寒村どころか、廃村。神社は残っているがね。特に保存しない」
「では、吉葉会は、その連中」
「だから、そう言う先祖の集まりは他にも色々あるよ。吉葉会だけが特別なものじゃない。日本人でも南米なんかへ移住すれば、結束するだろ。それと同じだよ。特に同じ村から行った人達はね」
「どこから来た人達なのですか」
「まあ、南の島からなら、椰子の実のように流れ着いたんだろうねえ。故郷の島を追われたような連中だ。吉葉会は、南国じゃなく東国」
「中国」
「いや、私の聞いた話ではインド」
「インド人」
「日本から見ればインド人だが、多くの種族がいる。ヨシバの日本での安住の地、寄場神社の御神体がそれを証明している」
「象とか、ワニとか、虎とか」
「象じゃないが、濃いお顔の神様だよ。しかし優しいお顔だ」
「そんな人が流れ着いたのですね」
「と言うか、彼らは遊芸の人達なんだ。音曲を奏でたり、踊ったりとか。それで、流れ歩いている人達なんだ」
「その吉葉会が、どうして秘密結社のような」
「さあ、芸人だからねえ。高貴な人達の住むところへ呼ばれたりしたんだろう」
「それです」
「何だい」
「今もそれですよ。吉葉会の人脈が、色々なところと繋がっているようです」
「それは私は知らないなあ」
「有馬の隠居と言われた黒幕でも知らないと」
「だから、私は黒幕じゃなかったんだよ。政財界なんて動かしていませんよ」
「それは隠しておられる」
「それと同じだよ。古葉会も、これは一つの伝説で、それに似たようなものがあったのかもしれませんがね、そんな力はないと思いますよ。私のようにね。ただ、口うるさいわりには口が軽いので、余計なことをつい言ってしまう。それで、口止め料をよく貰いましたよ」
「じゃ、吉葉会はデマだと」
「しかし、ヨシバの人達はいますよ。神社もあるし、御神体もある。今はと言うより、とっくの昔に同化して、ヨシバの人という特徴などないでしょ。ただ、先祖がインドの濃い場所から来たので、少し濃い顔を引き継いでいるかもしれませんなあ」
「ヨシバって、何ですか」
「インドの地名で調べれば、出て来るかもしれませんが、旅芸人の故郷の村と言うだけで、もう残っていないでしょ」
「何故、日本へ流れ着いたのでしょうか」
「東方の果てだからでしょ。それにライバルはまだ来ていないので、新天地だった」
「はい、有り難うございました」
「私の言うことはでまかせが多い」
「いえいえ、参考になりました」
 客は封筒を置いて帰った。
 有馬の隠居は、その膨らみ具合を見ただけで、ガッカリした。
 
   了

 



2015年6月15日

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