小説 川崎サイト

 

退屈男

川崎ゆきお


「退屈はいいのですよ」
「ほう」
「平和な証拠、平穏な暮らしぶりだということです」
「だから、退屈はいいと」
「退屈はやはり、退屈なので、いいものじゃないですが、いつもの日常の動きができなくなったとき、有り難みを感じますねえ」
「それは分かっているのですが、やはり退屈だと刺激が欲しい、何かアクティブなことがしたくなります」
「しますか」
「しません」
「また、どうして」
「だから、何かしてもいいという自由度があるだけで、もういいのです」
「じゃ、退屈でもいいと」
「退屈はいけませんよ。しかし、退屈できる仕合わせがあります」
「ああ、あなたの方が退屈について詳しい」
「いえいえ、普段からあまり退屈はしていませんから。一日結構忙しく過ぎていきます。時間が足りない、もう少しゆったりとやりたいほどです」
「お仕事をされているのですか。私はもう定年からかなりなるので、退屈男をやってますよ」
「ああ、旗本の」
「そうです。あれは殿様の直属部隊でしょ」
「だから、旗本です。本陣の大将を囲んで、守っています」
「しかし、江戸になってから戦らしい戦はない。将軍様が出陣するようなこともない。旗本などやることがない。だから退屈する。それで出て来るのが旗本退屈男です」
「はいはい」
「しかし、旗本がいくら退屈していても戦は起きないし、起こらない。旗本なのでただの家来だ。しかも一番忠実な直参」
「それより、退屈されていないのでしょ。あなた。そのコツ、教えて下さい。私は退屈の良さは頭では分かっているし、たまに寝込んだりしたとき、いつもの日常ができないので、退屈な日々の有り難みを思うのですが」
「さあ、何でしょうなあ、やることが結構ありましてねえ。大したことじゃなく、個人的なことですが、それで忙しい。日常のこともほったらかしにして、やるべきことも出来ていなかったりする。例えばゴミの日に出すのを忘れるとか、分かっていますよ。今日はゴミの日だと言うことを、しかしその数分の手間がいやなんです。まあ、次のゴミの日に纏めて出せば良いと思う。それにゴミ袋はまだ半分にもなっていない。これで捨てるのはもったいない。ゴミがもったいないのじゃなく、ゴミ袋がもったいない」
「何故そんなに忙しいのですか」
「戦いです」
「ほう」
「レジスタンスです。村兵に志願し、戦っています」
「あなたそれ、現実じゃ」
「ないです」
「何ですかそれは」
「兵士として忙しい」
「ゲームかね」
「そうです」
「あああ」
「私は臆病なので、弓兵です。最近レベルアップして、長弓を引けるようになりましてねえ、これはさらに遠くからでも攻撃できる。敵が刀をかざして近付いてくる間に倒せます。ライバルは魔法使いですが、射程距離は弓と互角。だから、長弓でないと魔法使いとは戦えない。それをマスターしたので、優位になりました。これからです。私の活躍は」
「あのう」
「何ですか」
「いや、いいです」
 
   了

 

 




2015年6月22日

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