小説 川崎サイト

 

鈍化

川崎ゆきお


「夏風邪を引いたようでね」
「それはいけませんねえ」
「寝込むほどじゃないし、まあ、仕事もしていないので、別状ないけど、趣味のことが少し鈍化する」
「鈍化ですか」
「動きが鈍くなる」
「何でした」
「何が」
「その趣味とは」
「ああ、社会事象をネットで探し出してデータ化し、何等かの流れのパターンを読み取ったり、または決まった原則があるのではないかと、新たな理論を考える」
「凄い趣味ですねえ」
「データといってもネット上にあるものに限られるがね。毎日違ったキーワードで検索する。当然組み合わせてね。そうでないと無茶な数が出る。特に興味深いのは個人の書きものだね。ふっと漏らした言葉の中に、本質が意外とある。ただ、こういうのは誰かに影響とかを受けたりしているので、自分の頭で考えたことではないので、真正面から意見を言ったものではなく、ついでに触れたようなものがよろしい。ああ、普通の人はそう感じているのか、程度の値打ちしかないが、その他の大勢を集めたわけではない。あくまでもネットでかかったものだけなので、こんなものは偏りが大きすぎる。従って……」
「鈍化してませんよ」
「口先なら簡単だ。労はない」
「それで夏風邪なんですか、如何ですか」
「それは大したことはないが、鈍化だ」
「え、どういう」
「キーワードの言葉を打ち込むとき、ミスが多い。また、カーソルで画面を移動するのが面倒だ。僅かな距離だ、指先と手の平でマウスを動かすだけ、少し浮かしてね、そして滑らせる程度だが、これが鈍化した。そこにポインタを移動するのが面倒になる。これも鈍化だ」
「ああ、はい」
「しかしねえ、しんどいときは逆に物静かになり、落ち着いた動きとなる。動きに加速が加わらないので、丁寧になる。一つ一つを丁寧に見ている。これが鈍化したときのメリットだ」
「休んでおられた方がよろしいかと」
「いや、今日のキーワードで捕まえた記事がまだ少ない。それより不漁でねえ。いいのがかからんのだよ」
「それで、何か分かりましたか」
「どういう意味かね」
「ですから、そういうデータを集めることによって、世間のことが」
「世間のことは分からんがね。私の得意は構図を読むことだ。その構図が変わっていく。パターン認識なんて変動ものでねえ。パターンも少しずつ変化していく。パターンがパターンを崩すのだね。それで、使えなくなったパターンやスタイルができてくる」
「はい」
「国会中継などを見ていると分かるでしょ、ものの言い方が以前とは違う。これは流儀も変わってくるんでしょうねえ。誰が下書きしているのかは分かりませんが、今に合うように、それなりに口当たりのいいようなセリフになっている」
「セリフですか」
「まあ、私はその中身には興味はありません。主義主張はありません。ただ、ものの言い方のパターンに興味があるのです」
「抽象的なんですねえ」
「原理原則なんて、いくらでも変わる。言い方でね。当然それを否定する側にもパターンがあり、これも変化している」
「それって、何ですか」
「文学だよ」
「え」
「だから、文芸ものを見るが如しでね。どういう表現方法が今パターン化しているか、流行なのかのその変異を見ていくのが趣味なんだ」
「はあ」
「これは他の色々な事柄でもそうだね。言い方が少しだけ違う。中には死語だった言葉も復活していたりとかね。そんな言葉、昔の人でも言わなかったようなね」
「それは、役に立ちますか」
「ならない」
「あ、はい」
「だから文学や文芸観賞と同じだよ。ネット上にはわんさとそのソースがある。これは忙しいよ。だから、鈍化したときは鈍化したなりに丁寧に観察するいい機会なんだ」
「はい、あまり根を詰めないように」
「根を詰める。根を詰めるか……ほうほう、これはいい言い方だね。このパターンは想像すると楽しい。根を詰めるか。詰めるんだ。ほう」
「お休みになった方がよろしいかと」
「はいはい、鈍化が進んでいるので、一寸横になるよ」
「それがよろしいかと」
 
   了


 

 



2015年6月24日

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