小説 川崎サイト

 

ボス猿

川崎ゆきお


「いつもいつも同じような風景ばかり見ていると、効果があります」
 観光地での話だ。
「もう十分見飽きるほど見ていますからね」
「この観光地をですか」
「いえいえ、近所の風景です。毎日毎日同じ道を通り、見飽きた状態を長く続けています。ここへ来るのは初めてですが、全てが新鮮だ」
 観光地と言っているが、大した場所ではない。滝があり、その前に土産物屋や茶店があるだけで、紅葉シーズン以外は客もまばらだ。近くに観光用の寺社もなく、また市街地から近いため、宿泊施設はない。客の殆どは日帰りでくる。遠くからわざわざ訪ねて来るほどの場所でもなく、また、有名な場所でもない。滝も大したことはない。ただ、猿がいる。
 この猿が集団で移動する。鳥のように木から木へと飛ぶが如しに。
「猿がいいですなあ、ここは。毎日犬や猫や雀や鳩や鴉ばかり見ていると、猿の動きが新鮮だ」
「僕は怖いので、猿がいると逃げますよ。それを猿が見ているのですね。集団でからかいにきます」
「よく見ていると、道がありますなあ」
「道ですか」
「木の道です。枝とかツルとかでできている。木と木が離れすぎているところは道にならない。彼らは一斉に移動しますが、道がある。いつも同じコースですよ」
「それは気付きませんでした」
「それを見ていますとねえ、結構長い距離がある。彼らの周遊コースですよ。ああして毎日毎日木の枝で過ごしていると、木の道を発見するのでしょうねえ。新道をこしらえたり、いや工事はしないでしょうから、隣の木の枝に上手く飛べるかどうかです。小さい猿は無理かもしれない。それに木も生長する。今まで渡れなかったところに枝が伸びて、結構近くなっていたりする。しかし、しっかりとした枝じゃないと、垂れ下がってしまう。さすがに下が地面だと、猿も木から落ちるになりかねない」
「はい」
「私が近所の道を散歩するコースのようなもので、もう見飽きた道になっているのかもしれませんよ。木の道ですがね。通るところはいつも同じ」
「そうかもしれませんねえ」
「猿も旅行に行きたいかもしれませんよ。たまにはいつもと違う風景が見たいとね。しかし、猿は集団で移動しますから、一匹だけそう思っても、なかなか実現しない。少し離れたところへ冒険に行きたいと思ってもね」
「一匹狼のように、一匹猿もいるでしょ」
「大きい猿が単独行動している例があるようです」
「ほう」
「元ボスでしょ。猿にボスがいるかどうかは分かりませんがね。年取って若手に追い出された場合、群れには帰らず、単独行動するらしいです。それほど遠くへは行かないでしょうが」
「はい」
「私がそれですよ。老いたボス猿です。ただ、猿の集団に本当にボス猿がいるかどうかが分からないように、人間の集団にもボスがいるかどうかは分かりませんよ」
「体が大きく強いとボス猿になれますねえ」
「人間の場合体格じゃなく、頭でしょ。だから、本来ならボスになれないのに、なれる。これは肉体的に劣っていてもボスになれると言うことです。私がそうです」
「はい」
「しかし、本当にボスだったのかどうかは今では分からない。ナンバツーと決闘したわけじゃない。今考えると、ボスにさせられたようなものです。だから飾り物だったのですよ」
「あ、また猿が戻ってきましたよ」
「私も帰ります。ずっと見ていると、いくら珍しくても飽きてきますからね」
「はい」
「しかし、毎日毎日同じものばかり見ている溜が効いているのか、今日は楽しかった」
「はい、お気を付けて」
 
   了



 

 


2015年6月25日

小説 川崎サイト