小説 川崎サイト

 

不帰の島

川崎ゆきお


 本州の半島の先から見える島がある。行くと戻れない不帰の島と言われているが、バケモノが住んでいるわけではない。半島の先から船が出ており、旅行客もたまにある。殆どがしっかりと戻ってきている。
 島はのんびりとしており、太古から人が棲み着いている。そこに妙な神様が祭られているわけでも、妙な因習が残っているわけでもない。この島は見えているので離島ではないが、島流しになった人達が、島抜けして、逃げ込む例が結構あったようだ。その中には公家さんや高貴な人もいたとか。だら、元々住んでいた人達より、他所から流れ着いた人のほうが多い。本州から見えているので、当然漁船などが寄る。
 その漁船もしっかりと戻ってきているので、不帰の島の謂われは別にあるようだ。ただ、船は戻るが、漁師や船乗りが戻らないこともある。
 何が戻って来れないかだ。
 人気のない観光地だがホテルや旅館や民宿もある。普通の町だ。しかし、やたらと喫茶店が多い。小さな映画館もまだ残っている。火山はあるが噴火した記録は遙か昔。しかし温泉は湧いていない。観光地でもないのに、ホテルや旅館があり、一寸したリゾートだ。そういうもので島が潤いっているわけではないが、不帰の人が結構お宝を持ち込んでいる。
 のんびりとした狭い島は別天地のように思え、中には帰れなくなった人もいるが、もう一度出直すようだ。消息を絶ったのなら捜査願いが出るだろう。そういう犯罪性は滅多にない。
 島田の友人田島も定年退職前に不帰の人になった。今は島の喫茶店でマスターをしている。島が気に入ったからかどうかは不明だが、一応そういうことになっている。引っ越したことになるのだが、普通の本州の町でも個人喫茶などで食べていくのは大変だろう。ただ、この島ではやたらと喫茶店が多い。
 また、木彫りのアクセサリーや仏像などを彫る工房もある。土産物ではなく、立派な工芸品、美術品だ。ただそんなもが産業になっているわけではない。
 これは誰かが仕込んだことではなく、自然とそういう島になってしまったのだ。昔、流罪となった公家さんが、この島に逃げてきたことにちなんで、神社まである。それほど身分の高い公家さんではないので、神にまで上り詰めたのだから、大したものだ。他にも雑多な神社や祠がある。お寺の数も多い。その宿坊は一寸した旅館街だ。
 観光客が少なかった時代から、不帰の人が出ている。これはどの島でもあることだ。移住というか、島に残ってしまうのだ。この島は特に多い。
 問題は島娘や島男だ。これが帰さないのだ。いや、帰ってもいいのだが、ついつい島に残ってしまう男女が多かった。そこで不帰の人になって、授かった子供が、また不帰の原因となる。
 特にそれを売り物にしているわけではなく、そういう施設があるわけではない。都心の人間よりも、都びているのは、親がそういう人達のためだろう。当然多くの娘や男は島を出て行くが、色々な事情で島を離れられない娘達もいる。また戻ってきた老いた島娘も。
 島は結構発展場で、遊びに来た人達と関係することが多い。不帰となるのはそこでの出合いによる。また、この島には昔から悪所はない。今で言う風俗関係だ。
 不帰の人は男とは限らない。
 不帰の人は、山や田畑を整理して、島に来る。勤め人は退職金を持ち込む。またネットの時代なので、島で仕事をしている人もいる。
 この不帰の島に都会からアングラの小劇団が公演に来たことがある。劇団員が結構残ってしまい、不帰の人になった。そのためか、そういった常設の小屋までできている。
 小さな映画館では、結構マニアックな問題作が上映されている。客層がそのためだろう。
 そういう楽園があれば、楽しいだろう。
 
   了

 


 





2015年6月29日

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