小説 川崎サイト

 

農家料亭

川崎ゆきお


 庭の繁み、それはただの繁みではなく、素朴な日本庭園。田舎風な造園で、農村風景を模した箱庭のようなものだ。庭の端、塀沿いに竹藪があり、そこに人影。その人影が先ほどから窺っているのは座敷の明かりではなく、斜め向こうにある岩の裏側だ。人の気配がする。
 竹藪の人影は、そっと岩陰に走り寄り、すっとそこにいる男の脇についた。
「何処の」
「声が大きい」
「何処の」今度は小声。
「そちらこそ、何処の」
「察しが付くはず」
「そうだな、お互いに」
「じゃ、共有しようじゃないか」
「よかろう」
 座敷の客はひと組。
 そこは古い農家。庄屋でも住んでいそうな古民家だが、持ち主は手放している。維持費が大変なためだろう。母屋は茅葺きで、長くは持つが、葺き替えるとなると大変なお金がかかる。さらに保存を促されており、あまり改築もできない。それで手放している。
 今はそれをそっくり買い取った業者が料亭に作り替えた。逆に保存状態はいい。内部は農家の間取りのままの料亭となっている。これが受けた。と言うより、この地方には洒落た料亭などなかったのだ。
 高級料亭で一見さんお断り。当然社用族しか来ない。接待だ。当然そこには地元の有力者が顔を出す。接待したり、されたりだ。大企業の社長も来る。近くに工場があるためだ。一番多いのは政治家と企業だ。
 今宵の客もそういう客だ。そこでの密談を盗み聞きに来たのが、この二人。依頼者は別々のようだ。
 こんな忍者のような真似ができるのは、家屋が古いためだろう。そのため、忍び返しの塀も、このての忍者にかかれば簡単に乗り越えられる。それに昔の家なので、縁の下、床下。天井裏がある。忍者の活躍場所としては、もってこいの場所だろう。
 二人の忍者は、一方を見張りに、一方が壁に耳ありの壁際や、障子に目ありの障子や襖側に近付く。二人とも何度もこの農家に忍び込んでいるため、何処に何があり、何処からならよく見えるとか、聞き取れるかを知り尽くしている。ただ、見張りがいる。御庭番のようなものだ。敵も然る者だ。
 しかし、その御庭番の老人が、元来忍術の師匠で、今いる二人もその弟子なのだ。そのため、この御庭番は無視していい。梅雨時で雨が多く、それに夜は冷えるので、蔵にある控え室で寝ているはずだ。これも約束済みのことだ。当然師匠は弟子から袖の下を貰っている。料亭農家の警備員賃金の十倍はあるだろう。
 今宵の客は市役所関係と県会議員と、あと誰かは分からない長老格、おそらくこの人が主客だろう。忍者はその三人の話を盗み聞きすることに成功した。
 しかし、依頼主に報告したのは別の話だった。
 実際に忍者が聞いたのは、たわいもない世間話や、道楽の話で、密議でも、密談でも、菓子箱のやり取りでも何でもなかったからだ。しかし、それでは忍者の仕事がなくなるので、適当な企み話をでっち上げたようだ。
 
   了

 


 


2015年6月30日

小説 川崎サイト