小説 川崎サイト

 

高橋と木下

川崎ゆきお


 妙な人達を訪ね歩くのが好きな木下は、怪しいものを探してウロウロしている高橋宅へ行った。怪しいものが好きらしく、怪しげな借家に住んでいた。本当は蔵に住みたかったらしいが、適当な物件がないため、空くのを待っているらしい。そういう蔵友達もいるようだ。ただ、都心部から離れるため、結構不便なのだ。
 木造平屋のその家はツタで覆われ、近所では草屋敷と言われているが、屋敷と言うほどの規模はない。しかし庭が広い。その庭の手入れを怠ったのか、蔓が伸びてきたのだ。これも勢力争いがあるらしく、最後の建物を占領したツタはかなり幹が太い。もう木に近いのだ。川原などの蔓草とは訳が違う。木なのだ。
 玄関はツタがそこにも絡まっているため、開け閉めがしにくい。
 平屋だが部屋数は結構あり、八畳二間をぶち抜いた縁側近いところにホームゴタツがポツンとある。木下を出迎えた高橋は、そこに招き入れた。もう初夏なので、コタツの必要はない。
 都合十六畳で床の間や、縁側との境界線にも廊下のようなものがあるため、結構広い。その奥に、小さな部屋が数間ある。
「いい物件ですねえ」
「草庵ですよ。庭も雑草で生い茂っているでしょ」
「流石怪しい。草のバケモノが出て来そうですよ」
「それは願ってもないのですがね。やたらと蚊が多いだけ」
「ところで、怪しいものを探し続けていると、聞いたのですが、最近どうですか」
「そんなものは、滅多にないので、適当に想像を膨らませながら歩いているだけですよ」
「でもあなたの見聞録、怪しい散歩人のレポートがネット上に載っていますよ」
「ああ、あれは友人に話したのですよ。その友人がまた脚色して、大袈裟に書いたのでしょ。読んでませんがね」
「怪しさとは何でしょう」
「怪しいのじゃなく、不思議だと言うことです」
「不思議」
「僕が不思議だと感じれば、それでいいのです。実際には不思議でも何でもなくても」
「はい」
「あなたも妙な人を訪問するのが好きだと聞きましたが」
「ああ、そうですか。僕は人間に興味がありまして」
「僕は場所ですねえ」
「場所」
「同じ物体でも、ある場所にあるからいいのです」
「ある場所」
「似つかわしくない場所とかです。これだけで十分不思議は成立するのですよ」
「何となく理解できます。場違いのような」
「はいはい、それにはストーリーが必ずある。それを想像するのが楽しいだけです」
「このお住まいも怪しいですが」
「いやいや、これはねえ、連歌などで集まるような造りの家なんです。前の持ち主はそれを考えて建てたのでしょうねえ。プライベートな私邸と言うより、寄り合い場所ですよ」
「はい」
「この広い座敷では、対局もふさわしい」
「囲碁とか」
「囲碁クラブのようにずらりと並べるんじゃなく」
「しかし、このホームゴタツは」
「ああ、仕舞い損ねたままですね。ただの机ですよ。正方形の」
「はい」
「しかし、奥が深い。いや広いので、手が届かない。そこが文机と違うところです。しかし、あれでは小さすぎる」
「パソコンとかはないのですか」
「奥の部屋にありますよ。この八畳二部屋には何も置きたくないので。ホームゴタツは別ですよ。冬場寒いですからね」
「この住まい、何かモデルがありますか」
「貧乏公家のわび住まい」
「はい」
「まあ、実際にはどんな感じだったのは知りませんが、イメージです。あくまでもイメージ」
「はいはい」
「木下さんでしたねえ」
「そうです」
「あなたは、何をモデルとしています」
「モデルですか。さあ、一寸思い付きません」
「学生時代じゃないですか」
「え」
「学生時代、友達を個別訪問してませんでしたか。それも頻繁に、そして複数の」
「ああ、してましたねえ。駄菓子なんか食べながら、だべってました。それが懐かしいのかもしれません」
「子供や若い頃はみんな趣味人だったのですよ。よく遊んでいた。ところが、年とともに、遊んでくれなくなる。それじゃないかと、僕は思います」
「そうですか」
「あ、そろそろ時間だ」
「出掛けられるのですか」
「三つほど先の駅と別の路線との間に辺鄙な場所がありましてねえ。盲点です。最近そこを定期便のように通っています。町中ですが人が寄り付きにくい場所なんですよね。また通り道でもない。陸の孤島です。こういうところが最近穴なんですよ」
「はい、お邪魔しました」
「定刻通り出発したいので、あしからず」
「はい」
 訪問を終えた木下は、少し意外だった。噂で聞いていた高橋とはかなり違う。もしかすると別の人を訪ねたのかもしれない。
 
   了

 


 


2015年7月1日

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