小説 川崎サイト



引き籠もり

川崎ゆきお



「人は何のため働くのでしょうか?」
 引き籠もりの高校生が聞く。
「働きたくないからだよ」
「じゃあ、最初から働かなければいいじゃないですか」
「そうだね」
 担任教師は、我が身のことを語ってしまった。
「だがね、田村君。世間がうるさいだろ。面倒なことになる。それが邪魔臭いから働くんだよ。そのためには高校は出ていたほうがいい。大学は選ばなければ入れるしね。ここは我慢して出て来てくれないか」
「先生がそういうなら考えてもいいけど」
「助かるよ。クラスで君だけなんだ。不登校は」
「吉岡はどうしました?」
「彼は退学した。もう面倒はない」
「僕も退学しようかな」
「それは君の両親が許さないらしいよ。出来ればそうして欲しいのだけど」
「先生も大変だね。一杯働かないといけない用事が」
「昔はそうじゃなかったさ。夏休みは長いしね」
「じゃあ、昔は楽だったんだ」
「だから先生になったんだよ。早くやめたいのは先生のほうだよ」
「じゃ、一緒にやめようか」
「先生は働かないといけない。食っていけなくなるからね」
「可愛そうだな」
「ああ」
 二人は沈黙した。
 翌日彼は登校してきた。
「週に一回でいいでしょ」
「ああ、最初はそれでいい」
「このままじゃ卒業出来ないんでしょ」
「春は無理だけど、夏に卒業出来るさ、その予定を組んでやろうか」
「いや、また来なくなるかもしれないからいいや」
「じゃ、別の理由を考えてやろう」
「何かあるの?」
「鬱病とかはどう?」
「あ、それ得意」
「じゃ、診断書書いてもらおう。これで病欠でいけるよ。もう来なくてもかまわないぞ」
「本当、先生。でも仮病がばれたら」
「大丈夫さ、見破れる精神医なんていないさ。何も喋らないで、暗くしてりゃいいんだ。でも薬をもらっても飲んじゃだめだよ」
「はい、分かりました先生。感謝してます」
「君が素直なので、私も助かるよ」
 
   了
 
 


          2007年2月9日
 

 

 

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