小説 川崎サイト

 

キジと猿

川崎ゆきお


「最近何か楽しいこと、ありますか」
「そうだねえ、最近は神話や童話やお伽噺に興味がある」
「昔の話でしょ」
「ああ、そうだね。今の話じゃないけど、通じるものがある。それよりも、何があったのかが気になってねえ。凄まじいことがあったんだろうねえ。だから神話として残っている」
「神話って、嘘でしょ」
「あり得ない話を神話と言うからねえ。しかし、何等かの事実を元に作られたんだと思う。その事実、これはリアルなものだったはずだ。まあ、現実は全てリアルだけど、それ以上にリアルなね。よりリアルなね」
「リアルよりもリアルな」
「山がある。これはリアルなことだ」
「はい」
「しかしそれだけじゃ、現実味がない。迫ってくるものがない。凄い現実を突きつけられたようなのをリアルな現実という」
「はいはい」
「だから、神話の裏にはそんなリアルな現実があったのでしょ」
「神話が必要だったのでしょうねえ」
「そうだね。生の現実じゃなく、都合のいいように物語りにして定番を作る。作った者勝ちだよ」
「じゃ、敗者の歴史は闇の彼方ですか」
「いやいや、こういうのを書いた人、編纂した人達がいる。これはただの文書書きだったりする。ライターさんだ。そして編集者でもある。決して権力者や勝利者のトップが筆を持ったわけじゃない。だから、意外と敗者側の事情をこっそり入れたり、分からないように、ヒントを残していることがある。例えば、勝者が、簡単に勝ってしまうのは、逆におかしい」
「はい」
「ただ、神話は歴史的事実とは違う」
「そうですねえ。だから神話なんでしょ」
「お伽噺や伝説もそうだね。現実ではあり得ないことが行われている。非常に強すぎる人とかね」
「それで、最近は何に興味を」
「桃太郎の鬼退治のときに出て来るキジや猿だ」
「幼稚園で、僕、キジをやりました」
「桃太郎の、お腰に付けたきびだんご、その一つをわけてやれば家来になってくれた。鬼退治に行くための兵だね。傭兵だよ。鬼が憎いので退治に行くわけじゃない。お金を貰ったからだ」
「はいはい」
「そして主従関係はきびだんごという褒美だよ。これは最初に前金として貰っている。さらに今後もきびだんごが貰えるはずだ。お供をする限りね。決して桃太郎に賛同してご一緒するのではない。友情も何もない。ここがリアルなんだ」
「ああ、はいはい」
「桃太郎は鬼を退治する。これはもう当たり前の話になっている。桃太郎だから、鬼を退治するだろうとね。まあ、世の人を苦しめている鬼がいるので、それを退治しに、本拠地の鬼ヶ島へ行く。さて、何処だろう。鬼ヶ島は」
「だから、それはお伽噺ですから」
「退治する話よりも退治される側の話を聞きたいねえ。色々と言い分があるだろう。そういう勢力がいたのかもしれない。しかし負けたので、鬼にされてしまった。勝っていれば、桃太郎が悪役になる。鬼が桃太郎軍を蹴散らした痛快な話にね」
「ああ、はい」
「鬼ヶ島の勢力と、桃太郎の勢力、現実にあったこととして見た場合、非常にリアルな人達が見えてくる。キジや猿はウロウロしている人達だろうねえ。食うや食わずで。だから、何とか食べ繋ぎたいために傭兵になる。食べ物で引っ張られた軍だよ」
「しかし、鬼ヶ島の鬼は、悪いことをして巻き上げたような金を持っているんでしょ」
「そのわりには、島暮らしか。だから大した悪党じゃない」
「ああそうですねえ」
「桃から生まれた桃太郎は百姓の老夫婦が育てたのだろ。それなりに武士の姿をしている。まあ、百姓の子じゃなく、武家の種だったんだろうねえ」
「それで、何か分かりましたか」
「いや、私が分かったことは、キジや猿は今の人と同じだなあと言うことだね」
「僕も、キジをしましたが、何となく惨めでした。いやしいんです。きびだんごに釣られるなんて」
「それだけの兵を養えるだけの兵糧があるわけだ、桃太郎には。それは誰が出していたのかね。スポンサーがいるんだ」
「はいはい」
「私も猿やキジを雇いたいが、きびだんごがない」
「はい」
「だから、桃太郎の凄さは、ただ一つ」
「何ですか」
「きびだんごを大量に持っていたことだ」
「お腰に付けたきびだんごでしょ。そんなに多くは」
「鬼ヶ島まで行く間。腹が空くだろ。そんな分では足りない。それにキジも猿も食べ物は持ってきていない。だから、桃太郎が面倒をみないといけない」
「でも腰の袋にそんなに入りませんよ」
「だから、きびだんごの配達人がいたんだよ」
「兵糧部隊ですね」
「荷駄で運んだのかどうか分からんがね」
「はい」
「それに船もいる。無料では貸してくれないし、乗せてくれないだろ」
「リアルですねえ」
「そういう細かい話はよろしい。それより、桃太郎とは誰だったのか、キジや猿は誰だったのか、当然鬼ヶ島の鬼も誰だったのかも気になるねえ」
「お伽噺ですから、ただの海賊じゃないですか」
「桃の栽培が盛んだった土地の人達が怪しい」
「岡山ですよ」
「それと吉備の国」
「はい、吉備団子の吉備です」
「吉備には古代、出雲のような大きな国があった」
「そこまで飛びますか」
「飛びすぎて、私も分からなくなったよ」
「はいはい、楽しそうでなによりです」
 
   了




 


2015年7月5日

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