小説 川崎サイト

 

なほとく村

川崎ゆきお


 物語を語る場合、それは何だったのか、因果関係を示さないといけないのだが、それらは物語化されたもので、物語として成立しているので、物語として残っている。その物語は人に伝えられ、後々まで残るが、あるところで静かになり、もう語る人がいなくなる。これは聞き手側の変化が原因しており、語る側も、これは今の人には受けないと思うと、話さなくなる。
 ただ、物語化されていない話もある。これは話ではなく、実話の場合が多い。物語化しずらいのか、または語りたくないのか、それは分からない。
 なほとく村。これはどんな漢字を当てるのか分からないが、消えた村がある。限界集落、過疎ではなく、山中にある普通の村だ。ただ、山の中なので、孤立していた。山の中腹あたりに少しだけ開けた場所があり、そこに田畑があり村ができていた。麓から見ると、昔は百姓家の屋根が見えているし、かまどの煙も立ち、また、麓の村との交流もあった。特に変わった村ではない。その成り立ちも平凡なものだったに違いない。
 しかし、消えている。
 村そのものが消え、今はただの繁みだ。つまり一つの村が突然消え失せたわけではないが、どういう消え方をしたのかは伝わっていない。麓の村々の人も、知っていても語りたがらないようだ。
 ただ、その村に住んでいた人がいる。村から出た人だ。逃げ出した人だろう。危険を感じて。
 その村民の子孫が、少しだけ、その村のことを聞いていた。ただ、あまり話したくないらしく、細かい話は伝わっていない。だから、物語としての種も葉も茎も枝も幹もない。しかし、言葉で残っている。それが「なほとく」だ。
 なほとくとは、なほとく村のことではない。村が消えてから、その子孫が「なほとく村」と呼んでいたのだ。本当の村名を言わないで。
 村が消えた理由は、災いが起こったためだろうが、それが何かは分からない。ただ、なほとくの祟りとか、なほとくにやられたとか、なほとくに襲われたとか、そんなニュアンスだ。
 なほとくとは何か、何が起こったのかは語られていない。ただ、次々に村の人達が消えていったらしい。この話を伝えている家族は、早い目に村を去ったのだろう。逃げ出したのだ。だから最後はどうなったのかは分からないらしい。その始まりも分からない。それでは物語として成立しない。
 逃げ出した村人家族も数代で、その話を話さなくなった。そのため、なほとく村、消えた村の話も消え、そんな村があったことも分からなくなっている。
 結局、残っているのは「なほとく」という言葉だけになってしまった。
 推測の域を出ないが、命からがら村から脱出した家族は、なほとくと戦ったのではないか。そのなほとくとは、同じ村人。
 そうなると、なほとくの正体が何となく見えてくる。「なほとく」という言葉に、何かが込められているわけではない。おそらく実態とかけ離れた言葉を作ったのだろう。
 村が消滅したのではなく、村人が先に消滅したのだ。かき消えたわけではなく。徐々に。
 そして無人の村になり、そのまま他の人も入り込まない。または入り込めない状態が長く続いた。
 麓の村々も、山の中腹にポツンとあるなほとく村のことを知っている人達が当然いる。しかし、ここでも正式な村の名を口にしない。上の村とか、山の村という程度だ。そして、今ではそんな村があったことなど忘れている。
 なほとく村の崩壊後、しばらくの間は寄りつけなかったようだ。
 ちなみになほとく村の墓地は全て破壊され、古墳のように盛り土で固めれていたとか。今は山と一体になり、よく分からない。
 村人が村人を襲う。なほとくの正体は、何となく想像が付くかもしれない。
 古い言い伝えにある「起き上がり」に近いかもしれない。
 なほとく村が消えた直後から麓の村々は土葬から火葬に変えている。
 
   了


 


2015年7月11日

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