小説 川崎サイト

 

梅雨明け

川崎ゆきお


 朝方まで降っていた雨が止み、急に青空が出てきた。
「暑いですなあ、今日は」
「梅雨が明けたのかもしれません」
「そうなんだ」
「そうです」
「梅雨明け宣言はありましたか」
「ありません」
「あ、そう」
「しかし、これは梅雨が明けた暑さです。暑さの質が違います。これは真夏の暑さで、猛暑へと続く暑さです。梅雨の晴れ間の暑さには上限がありますが、これからは天井知らずになるでしょう」
「じゃ、百度も」
「そこまでは上がりません。地球滅亡ですよ」
「ああ、そうですねえ」
「四十度少し切るあたりでしょうか」
「体温を超えてますなあ」
「熱が出て四十度越えると、これは苦しいですよ」
「じゃ、人も四十度になりますか」
「なりません」
「え、どうして」
「汗で冷やすからです」
「ああ、なるほど」
「水冷です」
「じゃ、水をしっかり飲んでないとね」
「まあ、四十度越えなど一夏に何度もないので」
「はい」
「それよりも地味に暑い日が続きます。35度前後の。これが続くと、結構消耗します」
「ありました、ありました。まあ、毎年ですが、暑い日がね。まあ、夏なので、そんなものでしょ」
「そうです。特にいうほどのことではありません」
「夏が来るより、去りゆく夏が哀しいですなあ」
「ほう、文学的な」
「いえいえ」
「だから、夏が来るのは元気でいいのです。エネルギッシュです。しかしそれが衰え出すときは哀しいです。去って行くのですからね。そして一年も、ここで去るような気がします。盆踊りの頃でしょうかねえ」
「まだ、やってますか、盆踊り」
「参加はしてませんが、小学校の校庭なんかでやってますよ。遠くから見てます」
「梅雨が明けたかどうかの時期に、既に去りゆく夏を懐かしむことを考えるわけですか」
「そうです」
「始めあれば終わりありですからねえ」
「しかし、本当に梅雨が明けたのでしょうかねえ」
「明けてますよ。この青空を見る限り。それに雲も力強い」
「明日からまた雨で、その雨がいつまで経っても降り止まない、なんてことはないですよね」
「明けない梅雨はありません」
「秋の声を聞く頃でもまだ雨で、その後も降り止まないとなるとどうなります」
「それは終末です」
「この世の終わりですか」
「日差しがない。長く太陽を見ていない。そんな状態はこの世の終わりですよ。一気に来るんじゃなく、じわじわと」
「怖いです」
「いやいや人の一生もそんなものですよ。天寿を全うしたとしてもね」
「はい」
 翌日、また雨が降り出し、梅雨が明けたのはそれから十日後後だった。
 梅雨が明けたと言っていた男は、しばらく家から出てこなかった。
 
   了


 


2015年7月13日

小説 川崎サイト