小説 川崎サイト



山の神

川崎ゆきお



「山の神って、山が神なんですか」
「昔はね」
「今は?」
「山奥にダムとか作るでしょ、山が神だと思えば出来ないことだから、山の神もいないでしょうね」
 ハイキングコースをカメラマンとその弟子が歩いている。鬼沢は農村をテーマとした写真を写し続けていた。
「山が神なら、山の民も神なんでしょうね」弟子がまた質問する。
「私は民族学者じゃないから詳しくは知らないけどね、山の民って言葉、よく知ってたね」
「小説で知りました」
「どんな人かな。山の民って?」
 鬼沢は足が重くなったのか岩場に腰掛けた。寺の奥の院へ向かう谷間だ。
「天狗とか、鬼とか」
「それは神ではないね」
「そうですね。神様って感じじゃないですねえ」
 弟子は三脚を寝かせる。
「先生は長く里山の写真を撮って来たんだから、山の神のようなもの、写らなかったですか」
「だから、山そのものが神なんだよ。たくさん神が写ってますよ」
「じゃ、その神はキャラクタじゃないんですね」
「そうだね、山に目鼻をつけるわけにもいかんでしょう」
 弟子は携帯灰皿をリュックから取り出し、タバコを吸い出した。
 鬼沢はガムを噛んでいる。
「これから行く奥の院は確実に神がいますね」
「寺の奥の院だから、いるのは仏様だよ」
「ああ、そうでした」
「君は将来どっちへ行く」
「僕は山岳写真がいいなあ」
「それで山の神が気になったのかね」
「はい、人が寄り付かないような山って、やっぱり神秘的ですから」
「そうだね、高い山は不便だからね、人も住まない。だから神が住むんだよ」
「本当は人が入ってはいけないんでしょ」
「植林で入ってるけどね。猟師も入ってるし、山師も入ってる」
「山師って?」
「鉱山を見つける人だよ」
「そうですねえ、山奥でも鉱山があると人も入り込みますねえ」
「昔のほうが、山住みの人が多かったのかもしれんなあ」
「先生、陽が心配です。傾いて来ましたよ」
「そうだね、そろそろ行くか」
 師弟は奥の院へ向かった。
 
   了
 
 



          2007年2月10日
 

 

 

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