小説 川崎サイト

 

深山の仙人

川崎ゆきお


 日常からふっと非日常というより、異世界へ入っていく。日常と似た非日常がそこにあるため、非日常とは思えなかったりする。ただし、物理的にそんな場所があるのなら、これはただ事ではない。世界観が変わるだろう。そのため、それは幻覚や幻想なのだが、そんなものはすぐに分かるだろう。ただ、催眠術にかけられたような状態なら別だ。また、神経的な病で、そう見えるのかもしれない。世の中はあくまでも物理的な一枚の地図の上にある。立体的だが、その世界にしか住んでいないし、そこにしかいられないだろう。
「先生」
「何かね」
「それを言うと幻想ものが少し」
「何が少しだ」
「やはり曖昧なものを残していないと、怪談も怪談になりませんし」
「山の仙人がね」
「具体的ですねえ」
「ある武者でもスポーツ選手でもいい。深山に入り修行しておる。何かを会得するためにな。試合は数日後。勝てない相手だ。ここで、何とかしないといけない」
「今頃練習しても無理ですよ」
「そこに甘さが欲しいところだ」
「それで仙人ですか」
「そのままでは試合に負けるし、もし勝ったとしても、理由が分からない。偶然だったにしてもな。しかし、その武者は勝つ自信がないし、勝てる術もない。術だな。テクニックか精神力かは分からぬが、何かだ。あと一つ、きっかけが欲しい。そこで仙人だ」
「深山に仙人ですね」
「仙人でなくてもいいがね。それと深山で出合う。そして解決策を得る」
「解決策」
「勝つ方法に気付くんだ。まあ、教えて貰うのだがね」
「はい」
「この仙人、何処から来たのだ」
「山からでしょ」
「それはいいが、武者が深山に来ていることをよく知ったものだ。偶然かもしれんが、深山は広く深い。そうそう見付けられるわけではない。まあ、それはいい。偶然はあり得る。しかし、有料か無料かは知らぬが、簡単に教えて貰えるものだろうか」
「そう言う話ですか」
「これは反則ではないか」
「ああ、はい」
「深山で修行する。これはいい。普通じゃないか。それでだけでは今一つ弱い。彼が弱いのではなくね」
「何が弱いのですか」
「きっかけとなるポイントだ。急に強くなるわけにはいかんから、きっかけがいる。それが深山での仙人からの伝授となる」
「ああ、はい」
「ライバルが可哀想じゃないか。ライバルもその仙人の秘技のようなもので、一気にパワーアップするような機会を与えないと」
「しかし、そんなことをしなくても、そのライバルは強いのでしょ」
「それは最初から強いということもあるだろうが、練習や修行を積んでいるはず。しかし、深山に入った武者は仙人のおまけが付く。これを私は反則だと言いたい」
「知りませんよ。何処の話ですか」
「まあ、聞け」
「聞いてますよ」
「これこそ幻想の世界なんだ。異世界との接触なんだ」
「そんなことはありませんよ。深山も物理的なものだし、仙人ぐらいいるでしょ」
「その通り」
「そうでしょ」
「私はこれを仙人との接触とは見ておらん」
「何ですか」
「八百長の成立だよ」
「はあ」
「負けてもらうために画策したんだ。深山へ行ったのじゃない。ライバルの背後にいる誰かと接触し、勝たせて貰ったんだよ」「じゃ、仙人というのは」
「そんなものが簡単に出てくるわけがなかろう。それなら、試合前の選手はみんな深山へ行く」
「はい」
「仙人とはライバルの武者の師匠なり、オーナーだろうねえ。それと接触した」
「それで、その試合はどうなりました」
「引き分けになった」
「勝てなかったのですか」
「仙人様も、そこが妥協点だったようで、譲れなかったんだろうねえ」
「はい」
「ライバルの武者は勝てる試合を引き分けにして、少し損をしたが、物入りがよくなったので、まあ、損はしておらん」
「夢もロマンもありませんが」
「そういうものの実体は、そんなものだろう。秘術など有り得んし、極意の会得など、大した力にはならん」
「しかし、先生、それは想像でしょ」
「いや、私も何度も仙人と交渉したものさ」
「はあ」
「勝負はそんなところでは決まらないのだよ」
「聞かなかったことにします」
「それで、次の君の試合なんだけど、負けて欲しい」
「えっ」
「敵の仙人が来てなあ……」
 
   了

 



2015年7月22日

小説 川崎サイト