小説 川崎サイト

 

妖怪落とし

川崎ゆきお


 世の中がリアルになってくると、怪しげな物怪などいる場所がなくなってしまう。奇っ怪な話、変わった話はあるが、それはリアルな話で、それが嘘であっても、人の話だ。人為の世界だ。人為の外の作為が加わるような話は、もう論外になっている。ただ、人がこの世のものではないものを怖がることはなくなったわけではない。
 それは人間という存在そのものが実は怪しげな存在のためだろう。そういうことは犬や猫は考えない。
 と、妖怪博士は、そういう論文を書いているのだが、提出するような場所は特にない。そういう書きものをするのも、人間の持つ怪しさの表れだろう。
「博士らしいことをしてますねえ」
 いつものように遊びに来た妖怪博士付きの編集者が言う。
「ああ、暇なのでな」
「それより、田舎にいる祈祷師の話はどうなりました」
 妖怪博士はその婆さんに合いに行った。取材で。
「正体は分かりましたか」
「ああ、行ったことは行ったがね」
「そちらの原稿もお願いします」
「ああ」
「何かありましたか」
「別にないが」
「どんな感じでした」
 妖怪博士は田舎の小さな村、と言っても商店も並び、町と言ってもいい。その商手店通り裏側に長屋がまだ残っており、そこに祈祷師の婆さんがいた。
「都会の祈祷師はだめですが、田舎にはまだ本物が残っているはずですよ。その婆さん、どうでした」
「ドジョウだった」
「ドジョウ」
「ああ、祈祷のとき、花瓶に供花を生けるのだが、ドジョウを入れていた」
「え、それで花が長持ちするとか」
「鐘を叩くと驚いてドジョウが動くので、花が動く」
「ああ」
「霊験じゃよ」
「トリックですね」
「祈祷が最高潮になったとき、蝋燭が消える」
「はいはい」
「丁度その時間に消える蝋燭でな。先の方は蝋だが、途中から蝋がなくなる」
「祈祷術って、そういう術なんですか」
「しかし、既にばれておるようでな」
「じゃ、霊験になりませんねえ」
「まあ、縁起物だろう」
「それで、病気を治すとかを、まだやっているのですか」
「たまに引き受けるようだが、滅多にないとか」
「そうなんですか」
「裏長屋の狭い通路の脇に水槽があって、ウジャウジャドジョウがいた」
「やはり、田舎でもインチキでしたか。素朴なものが残っていると思いましたが」
「しかし、不思議なことがあった」
「それそれ、それを書いて下さい」
「お祓いをやってもらったんだが」
「博士にも、何か憑いていたのですか。どうせ適当なことを言って」
「何が憑いているのか、聞いてみた」
「何でした」
「妖怪博士」
「え」
「妖怪博士が憑いておるから、それを祓うと」
「傑作ですねえ」
「私は妖怪博士の名刺を出さなかった。どうして、この老婆は妖怪博士を知っておったのかだ」
「妖怪の博士でしょ。博士の妖怪でしょ。簡単に思い付くんじゃないですか」
「つまり、妖怪博士というのは妖怪なのかい」
「それが憑いていたというですから、その類いでしょ」
「狐と同等か」
「さあ」
「それで、少しショックでな」
「落としてもらいましたか」
「いえ、聞いただけで、そこまでやってもらわんかったが、この老婆、本物ではないかと」
「連絡していましたから」
「え」
「だから、妖怪博士が取材に行くからと、その祈祷の婆さんに電話を入れていたのですよ」
「ああ、そうか。それで安心した」
「そうですよ。妖怪博士から妖怪博士を落とせば、妖怪博士じゃなくなりますからね。落とさなくてよかったですよ」
「しかし、徳島一太郎という人がいたとする。そして、徳島一太郎が憑いておるから、落とすと言われたらどうする」
「徳島一太郎ではなくなりますねえ」
「そこだよ」
「どこですか」
「誰もが憑かれておるんだ。自分に」
「それは少し奥がありそうですねえ」
「あの老婆、ただ者ではない」
「ただの洒落じゃないですか」
「ただ、一瞬、ぞっとした」
「自分を落とすことになるからですか」
「取り憑かれる前の自分と遭遇することになる」
「はい」
「これは怖い」
 
   了


 



2015年7月23日

小説 川崎サイト