小説 川崎サイト

 

般若心経

川崎ゆきお


「最近どうしてますか」
「元気ですよ」
「それは何より、で、最近は何を」
「般若心経です」
「ほう」
「仏の教えです」
「ほう」
「色即是空、空即是色です」
「何ですか、それは」
「色々なものは空です。しかし、空そのものが実は色々なものです。否定し、肯定する」
「ああ、はい。それで」
「これで、仏の心を学びます」
「それは遅すぎるのか、今で丁度なのか、よく分かりませんが、もうお年でしょ」
「そうです」
「だったら、もう遅いんじゃないですか」
「え」
「そういう般若ですか、それは知恵でしょ。そういった知恵は現役時代に使った方が、よかったのでは。今、お仕事は」
「何も」
「趣味の活動とか、ボランティアとかは」
「何も」
「じゃ、役に立てようがないですねえ」
「そう言えば」
「それに、もう遅いですよ」
「しかし、人格を磨いて」
「何処で使うのですか。もう引退されていて、その立場にはないのでしょ」
「そうですが」
「まあ、現役時代でも、仏の顔も二度三度が四度か五度ほど増える程度でしょうねえ」
「若い頃は、一度も仏顔などしたことがなかったので、これから仏顔顔をやろうと」
「仏顔と仏頂面とは違うのですね。しかし、怖い顔の仏さんもいますよ」
「いやいや、落ち着きます。仏の道はいいですぞ。仏道です」
「まあ、そういう支柱は必要でしょうねえ。しかしストレスになりますよ」
「そのストレス、苦を減らすのが、仏道です」
「そう書かれてましたか」
「さあ」
「悪いことは言いません。急に仏心を出すと、その反動が来ます。我慢出来なくなりますから。それが溜りに溜まって、逆のことをやらかしてしまいますよ」
「そうですか」
「それに」
「知恵の無いものが、知恵知恵と言っても、仕方がないでしょ」
「その知恵を観自在菩薩から学んでいる最中です」
「お経に書かれているのですね」
「そうです。般若心経の250文字ほどの中に」
「じゃ、誰でも知恵を得ることができるじゃないですか」
「書かれていることを実践できれば」
「まあ、無理をなさらず」
「私は昔は仏敵でした」
「信長ですか」
「違います」
「般若のように怖い顔をしていました」
「般若心経の般若と、お面の般若は別なんでしょうねえ」
「般若のお百も」
「何ですかそれは」
「毒婦です」
「悪い方のキャラの方が豊かで楽しそうですよ」
「いや、以前角の生えたような鬼のような人間でしたので、反省し、仏になります」
「そんな簡単に。この前、ヨガをやってませんでしたか」
「あれは、体に悪い。内蔵がねじれますよ。それに筋を何度違えて、往生しましたよ。それに肉を食べないようにしていたら、どんどん元気がなくなっていって、あれは苦行です」
「じゃ、お経のほうが」
「そりゃそうですよ。楽、楽、極楽ですよ」
「じゃ、もう極楽往生したようなものですか」
「ハハハ、はいはい」
 
   了



 



2015年7月24日

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