夏浴衣の鮎少女
川崎ゆきお
郊外の外れの一山越えたところにある町で怪しげな場所があると聞いて、友田は出掛けてみた。ネットで知ったのだ。ただ写真はなく、浴衣姿の女性多数が云々とあるだけ。あとは想像にお任せしますとなっている。
友田は一直線に想像した。あれしかないと。
一山。それは小さな山だが、壁のような、正に障壁となり、都会風なものが山一つで流れを悪くしていた。簡単に山越えできる高さしかなく、またハイキングコースもあり、散歩者も多い。山歩きというより、散歩コースだ。
山の向こう側に出る川沿いの道があるが、ここが狭く、よく渋滞している。
山を越えたところに小さな村のような町があり、川魚などを食べさせる料理屋もある。清流さんと呼ばれる神社があるのだが、観光地ではない。ただ水商売の神様らしい。そのイメージが友田にある。だから浴衣姿の女性が、となると、もうそれしかない。
イベントという言い方は、ここではないが、所謂縁日のようなものだろうか。清流さんの縁日が十日置きにある。冬場より夏場の方が賑わうのは、浴衣のせいだろう。
友田は流石に暑いので、歩いての山越えを控え、バスで入った。この町から山になるのだが、その取っつきで、あとは檜や杉の産地なのか、同じ木が行儀よくびっしりと立っている。奥へ行くほど里は減る。
友田はバスから降りて、先ず建物を見た。川魚料亭の看板が見える。川に沿って、そういう店がぽつりぽつりとある。駅前には清流さんの幟が立っており、それを伝っていくと、川沿いから少し離れた高台の神社へと導かれる。川が荒れるためだろうか。氾濫しそうな川だ。
もう少し上流は川底が深く、渓谷となるので、ここまで来れば氾濫はないだろう。神社はその崖の上にある。
さて、浴衣だ。そして建物だ。友田が確認した限り、川魚料理屋が怪しい。特に二階の座敷が。他は民家で、少しだけ田圃があるらしく、農家もある。それらは無視だ。
料亭と土産物屋はあるが、ホテルや宿屋はない。民宿もない。あるのは料亭だけ。これが思ったより方々にある。川沿いの良い場所にぽつりぽつりと。
浴衣と料亭。これで、決まりだろう。
そして、神社へ続く階段を上がると、浴衣が目に入ってきた。一寸した露店も出ているが、土地の人だろうか。業者風には見えない。
浴衣姿の女性。確かにそうなのだが、何人かいる。友田と同じような参拝者もいる。一応は本殿へお参りする振りをしているように見えるのは、友田の思惑が映し出すためだろう。
しかし、女性は女性でも、違っていた。勘違いしたのかもしれない。
その浴衣姿の女性は老婆、ではなく、少女なのだ。
そんなことをしていいのだろうかと友田は、緊張した。
しかし、それはあり得ない。色々とうるさい問題があるはずだ。もしかすると背の低い女性かもしれない。それなら老婆は殆ど背が低い。腰が曲がっているためだろう。背の低い女性を少女と見間違えたのだろうと、すぐに思い直したのだが、浴衣の裾が短すぎる。これは子供が着る浴衣だ。
少女達は数人いるが、固まっていない。どの顔も化粧をしており、ヘヤースタイルは大人っぽい。
これは危ないと友田は警戒した。これを町規模でやっているとなると、流石にネットでも、それ以上のことは書けないだろう。だから、想像にお任せします……だ。
友田が想像しているのはそれしかない。
友田は露店が並ぶところに行くと、少女の一人が近付いて来た。
「御札如何ですか」
チケット制かもしれない。
「いくですか」
「千円と二千円です」
ここで、もう全ての期待が外れことになる。しかし、万が一と思い、買ってみた。
細くつるっとした小さな、まるで白魚のよう指から手渡され御札。それは、実に御札だった。
予約で千円という話ではなく、正に清流さんの御札だった。これは間違いない。御札にはそれ以上のことは記されていないし、少女からの伝言もない。さっと立ち去った。
釣られた。友田は釣られたのだ。あのネットの書き込み、それにまんまと釣られたのだ。
友田は清い心で参拝し、精進落しで、川魚でも食べて帰ろうと、安そうな食堂のような料理屋に立ち寄ることにした。
すると、川の上に浮いたような板敷きがあり、そこで友田と似たような男達が点々と座っている。その一人を見ると茶色く長細いものに箸を入れながら、ビールを飲んでいる。鮎の大きな佃煮のようだ。
友田も、少し離れたところに座ると、すぐに老婆が現れた。
「何にしましょ。冷やし豆腐も美味しいでっせ」
「ああ、それとビール」
出て来た冷やし豆腐とは、ただの冷や奴だった。
それと一緒に品書きを老婆が持ってきている。これはただの前菜だったようだ。
メニューを見るとべらぼうな高さだ。
友田は、先ほどの男と同じように佃煮を注文した。
この町には知恵者がいる。
了
2015年7月25日