清崎の語り部
川崎ゆきお
清崎の語り部と呼ばれている男がいる。様々な話を聞かせてくれるため、聞きに来る人が絶えない。
清崎の語り部は寺住まいで、そこで下宿をしているようなものだ。特に寺の用事は手伝わないし、坊主ではないので、修行などもしないし、仏事にも殆ど関わらない。この殆どは、全くと言うことではなく、大きな法事などがあるときは、たまには手伝う。
ある日、清崎の語り部の話を拝聴し、満足を得た男が余計なことを言った。
「多くの話を知っておられるようなのですが、この寺には書庫があり、多くの蔵書があるのでしょうか」
「ありません」
「では、この寺に住まわれている理由は」
「特にありません」
「私も語り部になりたいのですが、一体それだけの多くの話をどうして仕入れておられるのでしょうか」
「私の師匠は夢でしたねえ」
「夢物語ですか」
「村を回って夢を聞き出すのですよ」
「ほう」
「これを夢聞きと申します。見た夢を聞いて回るのです」
「それが、ネタに」
「そうです」
「しかし、それは語り部とは言えないのではありませんか」
「語る内容にもよります。夢語りを聞きたがっている人もいますのでね。これはお伽噺のようなものですよ。何せ、夢の話ですから」
「しかし、それは現実に起こったことではないでしょ」
「夢という現実の中で起こっています。夢を見ることは現実でしょ」
「そうなんですが、諸国の珍しい話や、昔から伝わる話などとは違うと思います。本当にあったことと、夢とでは違うでしょ」
「確かに違います」
「それではあなたは、何処から話を仕入れるのですか」
「特に」
「特にとは」
「特に何もやっておりません」
「では、どのようにして、あれだけの話を知っておられるのですか」
「これを言うと、あなたはもう二度と来ないでしょう」
「いえ、心配なく、私は数日後、ここを旅立ち、遠くへ行きます。二度とこの地に寄ることはないかと思います。だから、ぜひお聞かせ下さい」
「想像です」
「はあ」
「空想です」
「では、米屋の音吉の話も、薩摩の豪右衛門の仇討ちも」
「想像です」
「はああ」
「師匠は他人様の夢から取り出していましたが、私は想像で作るようになったのです」
「全部嘘だったのですか」
「しかし、ありそうな話でしょ」
「現実は想像よりも奇なりと言いますが」
「いやいや、想像の方が恐ろしいことを考えますよ。それにとんでもないことを」
「現実はそれさえ越えると聞きましたが」
「現実は小説よりも奇なりでしたか」
「そうです」
「それもあるでしょうがね」
「まんまと欺されました」
「私の語りは、奇抜なものじゃありません。あるような話ばかりでしょ。米屋の音吉も、普通の話じゃないですか」
「米屋の音吉はどうして創作されたのですか」
「音吉の鼠退治の話は、これは猫からヒントを得ました。それだけの思い付きです。あとは、ここの坊さんがよくやっている法話のパターンに合わせて作っただけです」
「そういうものをどうやって作るのですか」
「適当に思い付くだけですよ」
「講談師見てきたような嘘を言いの世界ですか」
「わたしは見たことも聞いたこともないのに、作っていますよ」
「ほう」
「話とはそんなものです」
「よく分かりました」
「しかし、今言った話も、今思い付いて、適当に話しているだけですので、何ら根拠はありません」
「これも嘘ですか」
「さあ、それは聞く者次第でしょう」
「はい、有り難うございました」
了
2015年7月27日