小説 川崎サイト

 

特殊能力

特殊能力


 暑い盛り、木陰の続く道を散歩していた田村だが、歩き疲れたのか、歩道脇にあるベンチに腰掛けた。といっても誰かが捨ててあった椅子を、そこに持ち出したのだろう。その当人の専用椅子かもしれないが、常にそこにいるわけではない。
 先ほど坂を上がったとき、息が切れてしまっので、仕方なく休憩することにした。冬場はそんなことはない。真夏の数日に限られる。それも夏が少し過ぎたあたりの疲れが溜まる頃に。
 セミが鳴き出してからしばらく経つ。そろそろ別のセミの音色に変わる頃だろう。今はジージーと甲高い鳴き声で、鼓膜がどうかしそうなほどだ。
 その鼓膜がおかしくなったのか、一瞬音が聞こえなくなった。セミが鳴き止んだのだ。
 ふっと顔を起こすと、黒い人が歩いている。田村と同じ年配だ。同じように散歩で歩いているのだろう。その黒い男は無声映画のように通り過ぎる。するとセミが鳴き出した。
 もしや、と思い、田村は黒い男の背中に声をかけた。
「何か」
「セミが鳴き止みましたねえ」
 田村はもしやと思ったのは特殊なことで、それに気付く人など滅多にいない。しかし、確かにセミが鳴き止んだのだ。これは偶然かもしれない。それで声をかけ、黒い男に近付いた。すると蝉が鳴いていない。
「やはり」
「セミでしょ」
「そうです」
「亀もです」
「亀」
「甲羅干しをしている亀が水に飛び込みます」
「ああ、亀は臆病ですから」
「蚊に刺されたことがありません」
「はいはい」
「分かります?」
「何となく」
「じゃ、あなたも」
「私はそこまで強くはありません」
「強い?」
「波長のようなものです」
「ああ」
「それが分かるのでしょうねえ、セミや亀が。犬は何ともありません」
「猫は」
「まあ、逃げる猫は逃げますが、逃げない猫は逃げない」
「大きさです」
「そうだと思います。大きい目の亀が限界のようです」
「あなたも妙な波長を出しているので、安心しました」
「弱いですが、わずかにその傾向があります」
「これが超能力ならいいのですがねえ」
「そうなんです。何の役にも立ちません」
「しかし、蚊に刺されなくていい」
「私は蚊に刺されます。これも大きさに関係しているのでしょうねえ。小さすぎると逆に効きません」
「私もですよ。蟻は逃げませんから」
「はいはい」
「しかし」
「はい」
「あなたと同じで、何の役にも立ちません」
「そうですねえ。私もセミの鳴き声が止められるならいいのですが、効きません。大きさよりも、タイプによるのかもしれません」
「例えば」
「蝶々が寄ってきます。蛾も」
「ほう」
「付いてくるのです」
「逃げないで」
「はい、しばらく同行したりしますよ。これも大きさには関係ないようです。でも、こういうの、役立ちませんから、それ以上調べていませんがね」
「そうですねえ、希有な能力があっても使い道がないと何ともなりません」
「はい、お互いに」
 黒い男はそのまま歩き去った。きっと周囲何メートルかのセミは順次鳴き止んでいるのだろう。台風の眼に入ったように。
 
   了

 




2015年7月30日

小説 川崎サイト