小説 川崎サイト

 

防空壕


「壊れていない戦車ですか」
 いきなり妙な話だ。その前にダンジョンの話をやっており、その繋がりで、戦車が話題になった。ダンジョンとはゲームなどによく出てくる地下迷路のようなものだ。
「本当にあるのですか。戦車が。まだ走りますか」
「壊れていなかったと思うので、整備すれば動いたかも。当時はタンクと呼んでましたがね」
 ダンジョンと戦車、その繋がりは防空壕だった。というより、何かの軍事施設かもしれない。
「私の故郷は大きな町の郊外で、山沿いにありました。当然空襲に遭いましたよ。だから、防空壕が方々に掘られていたのです。子供の頃は、その防空壕を探検するのが好きでしてねえ。もう戦後ですよ。かなり経ってます」
「何処にあるのですか」
「山の付け根です。だからトンネルのようなものですよ。水路なんて、かなり前から掘られてましたよ。これも人が通れるトンネルのようなのですがね」
「そこに戦車が」
「その防空壕は山を背にした農家の畑の奥にあるんです。瓢箪なんかが生えていましてねえ。それを取りに行ったついでにトンネルのような洞窟に入って遊ぶのですよ。この入り口が一番大きいです。戦車が通れます」
「柵とか、扉とかで、閉めていないのですか」
「子供の頃は、何もなしですよ。それに農家の庭ですからねえ、入り込む人など滅多にいないですよ。私ら子供は忍び込むのですがね」
「はいはい、ゲームでもダンジョン内は迷いますが、僕は好きです。その奥にモンスターがいる。退路を確保するため、逃げる道順を何度も何度も行ったり来たりして、練習しました」
「そうですか、当然ですが、一本のトンネルが掘られたわけじゃなく、他の防空壕とも繋がっているのです。結構離れたところに入り口がありましてねえ。これは山道の脇から少し上らないとだめです。それは目隠しのようなものでしてね。道からは見えないようになっています。そこに登ると、井戸のように地面に大穴が開いている。これは何のためかは分かりません、崩れたのでしょうかねえ。階段も何もないです。滑り落ちても大したことはないし、飛び降りれないこともない。そこから横穴が続いています。この穴のようなものは、その近くにも何カ所かありましてね。全部同じ横穴に繋がっています。奥は一寸広い場所もありますが、洞窟そのものが、まあ部屋のようなものですよ。それにここは花崗岩でして、壊れやすいのです。それで崩れて岩や石がたまってましたよ。中は当然真っ暗ですから、懐中電灯やローソクが必要ですよ。何処まで続いているのかも興味がありますが、奥へ入るだけでも怖かったですねえ。入り口からの光がなくなると、もう怖くて怖くて、それに兵隊さんが出て来たり、防空頭巾の人が出て来たりしそうですし、穴の端に骸骨があるようなね。実際にはエロ本があったり、下着があったりしましたが」
「そういうダンジョンゲームしてみたいです」
「水溜まりができている場所にくると、長靴でも間に合わないので、引き返しました。それに素掘りですからねえ、岩とかが露出している」
「最深淵部に戦車が」
「いや、それは一番大きな入り口近くにありましたよ。そこは隠し部屋だったのか、終戦のとき、崩して、隠したのか、よく分かりません」
「それを発見されたのですか」
「戦車といっても小さな豆タンですよ。キャタピラは一応付いてましたよ。これ、盗んだのかもしれませんねえ。何で、そんなところに戦車だけがあるのか不思議でしたよ」
「軍の施設では」
「それなら、他にも色々あるはずなんですが、ただの防空壕ですよ。ただの空洞です。小部屋もないし、トンネルが何本も延びている程度です」
「その戦車、どうなりました」
「分かりません」
「その防空壕は」
「今もありますよ。でも、一番大きな入り口は完全にセメントで塞がれてます。ドアが付いていて、鍵がかかってますよ。これは調査用かな。さらに山の方々にあった入り口は、そのままですが、入り口はもう柵や金網があるので、潜り込めません」
「まだ未発見の通路や部屋があるかもしれませんよ」
「そうですねえ。しかし、崩れやすいので、危険ですよ。調査も難しいじゃないですか。ただの穴ですから。防空壕地図ができる程度で、戦車のようなものは発見されないでしょ」
「その防空壕、戦時中はどんな感じでした」
「私は、まだ小さかったのでよく覚えていませんが、防空壕というより、米軍が上陸してきたとき用じゃないですかね。場所が遠いのですよ」
「その戦車が、その名残ですか」
「私はそう推理しています。遠すぎます。町から防空壕までが、それにどうして山の中腹あたりからも入れたりするのかです」
「近所やご家族の方はそこに逃げ込みましたか」
「いや、警報が鳴っても行かなかったとか。行くまでの間にやられそうなのでね。それに山登りですよ」
「一億玉砕用だったのですかねえ」
「さあ、しかし、私らは防空壕と呼んでいましたよ」
「はい、有り難うございました」
 
   了


 



2015年7月31日

小説 川崎サイト