小説 川崎サイト

 


 暑い盛り、下村はバテていた。頭がぼんやりとし、昔の人が一杯出て来る。幽霊となって暑中見舞に来ているのではなく、思い出しているのだ。既に故人になった人もいるし、消息が絶えた人もいる。古い知り合いはいつまでも頭の中に残っているのだが、普段は滅多にお目にかかれない。ところが、病気とかで寝込んでいるときには出て来る。あの人はどうしているのだろうか、程度のことだが。
 暑い最中、下村はそれでも昼寝をする。これは寝ていない。暑くて寝入れないのだ。そのため、横になっているだけだが、背中が熱い。それで何度も寝返りを打つが、蒲団がそもそも暑苦しい。畳の上、またはゴザのようなもの、簾でもいい。そういうものを敷いた上で寝転ぶのが好ましい。
 下村は思い立って、すぐに立ち上がり、近所にある百均へ走った。この行為そのものが暑いのだが、涼しく過ごすためには仕方がない。さらに暑いことをすることになるのだが、自転車で僅かな距離なので、炎天下でも何とかなる。それに店屋に入れば冷房が効いている。
 下村は百均で簾を売っているのを見たことがある。それで、ここで買うことに決めたのだ。それに簾を売っている店の中で、一番近いのは、ここだ。金物や日用雑貨の店もあるが、それは遠い場所にある商店街だ。流石に道中の暑さを考えると、これは無視。
 それで簾を買い、家に戻り、それを敷いた。この間非常に暑い。汗だくだ。
 こういうときは顔を洗えば一気に涼しくなるため、下村は何度も何度も水道の水を手で受け、それで洗った。
 そして、簾の上で、ごろりとなるが、敷き布団よりも暑苦しい。このイメージの違いに、下村は自分の経験を疑った。ゴザでもいいが、簾の方が涼しい。若い頃、これを経験していたのだ。その経験通りの状態にならない。
 節がない。それが最初に気付いたことだ。簾に節がない。しかも全て真っ直ぐ。曲がりがない。
 つまり樹脂製なのだ。ビニールシートを敷いて寝ていたようなものになる。その樹脂を触ると、生温かい。簾は管だ。ストローのようなものだ。その中に暖かい空気が溜まっているのかもしれない。それよりも、ぐにゃっとした樹脂の簾が問題だが、問題なのは、それは簾だということで、日除けなのだ。または目隠しだ。敷いて寝るものではない。
 下村はこの簾を簀巻きにして川にでも投げ込んでやろうと思ったのだが、正しい使用方法ではないだけに、それは控えた。 そして、汗が冷や汗になり、何となく熱が抜けていったのか、疲れたのか、そのまま蒲団の上で転がると、すんなりと眠れたようだ。
 そのため、昔の人が出て来ることはなかった。
 
   了



 



2015年8月1日

小説 川崎サイト