小説 川崎サイト

 

真夏のメキシカン


 毎年夏になると現れるメキシカンな歩き人が今年は出ない。そこは日陰が長く続く道で、健康のために歩いている人にはもってこいの場所だ。朝夕ならそれほどではないが、昼間、炎天下で歩くには健康とは逆になる。
 それでも冬は春、昼間歩いていた人は、真夏でも歩きたい。そんなとき、日陰が続く道は人気がある。逆に曇っている日より、よく晴れ、日差しが強い日ほど、日陰は涼しいのだ。
 そのメキシカンは幅広の帽子を被り、サングラスをかけた大男で、まだ年齢的には中年だろう。昼間、そこを歩いている人は年寄りが多い。平日の昼間なので当然だ。それだけでもメキシカンは目立った。骨格は太く、柄も大きい。プロレスラーのように健康そうだ。と言ってトレーニングか何かをやっているわけでもなさそうだ。多少歩き方は早い程度で、走ってはいないし、また走るような服装ではない。運動靴ではなくサンダルだ。
 真夏、いくら日陰でも汗をかく。だから、ダイエットかもしれない。それが必要な職種など限られるが、本人の自発的な意志、美学による可能性もある。その美学、メキシカンな服装がそれを物語っている。
 吉田はその日陰の道を定刻バスのように毎日自転車で通っていた。健康のためではなく、その先に用事が毎日あるためだ。
「それで、今年は出ないと」
「そうなんだ。今年の出が遅いと思っていたんだが、もう八月を過ぎている。ここでまだ出ないとなると、来なくなったのかもしれない」
「何だろうねえ、そのメキシカン」
「拳銃よりもライフルが似合いそうだ」
「そっちの人じゃない。堅気じゃないのかも」
「アパレル関係かもしれない」
「昼間から散歩できる身分の?」
「ああ」
「やはりリハビリでしょ」
「リハビリ」
「何処か悪いんだよ」
「糖尿病とか、血糖値とか」
「脳とかもあるし」
「胃腸は」
「それもあるかも」
「健康な人は逆に運動しないなあ」
「スポーツはするけど、単なる健康のための運動はしないと思う。やはり何処か悪いんだ」
「何処だろう」
「さあ。しかし、見かけなくなったんだから、もうしなくてもよくなった。つまり治ったんじゃないかな」
「だから、今年は出て来ないと」
「そうだよ」
「分かった。そう思うことにする」
 その後、吉田はメキシカン男を見ることはなかった。
 
   了






2015年8月3日

小説 川崎サイト