エクソシスト
フリーのエクソシスト、つまり、どの宗派にも所属していない悪魔払いがいる。ある宗派の対となるような悪魔ならエクソシストでも祓える。聖水など、色々なものがあるためだ。
極秘に日本に来た、そのエクソシストは、その悪魔に手こずった。宗派が分からないのだ。聖水も十字架も効かない。ニンニクもきかない。
それで困り果てて妖怪博士に助言を求めた。
「悪魔が憑いたのは外人さんですかな」
「そうです。日本で暮らしている家族です。その娘さんです」
「いるんですなあ。エクソシストが。それは表ですか、裏ですか」
「異端視されていますが表です」
「今まで祓われた例は」
「私ですか。はい、何度も」
「それは成功されたのですね」
「一瞬は。悪魔は死にませんから、追い出しただけです。二度と入り込まないように」
「今回はだめですか?」
「日本の悪魔についてお聞きしたくてきました」
「ああ、なるほど、お経が違うので、効かないと」
「その可能性があります」
「日本には悪魔はいません」
「日本にも神がいるでしょ」
「はい、悪魔がいたとしても、殆ど神になっています」
「え」
「あなたの言われる悪魔とは少し違うかもしれませんがね。そういった悪魔のような存在は、殆ど神様か仏様になっています」
「悪魔憑きはないのですか」
「ああ、狐憑きのようなものですな。動物です。悪魔じゃありません」
「そうですか。悪魔の定義から始めないと、この国ではだめなようです」
「はいはい」
「今回は日本の悪魔が憑いたのではないかと思えるのですが、何か抜く方法、追い出す方法はありませんか」
「日本に来られたのなら、そう言うことを調べておられると思うのですが」
「残念ながら資料がありません」
「それは残念ですなあ」
「宗派が分かれば、何とかなると思うのですが」
「人々に災いをもたらす荒神はいますが、特定の個人に憑く悪魔のようなものは狐などのエンガチョでしょうか。つまり動物です。蛇でも犬でも、カエルでもそれらを私らは魑魅魍魎とか、妖怪変化とか、物怪とか呼んでいます」
「下等なものですね」
「大物の上級ものは既に神様になられ、祭られていますが、これは個人には取り憑かないのです」
「ほう」
「村の神様もそうです。個人的な願い事はだめです。村の願い事ではないと。皆で決めたことを願うのです」
「狐憑きの例に近いかもしれません。何か方法はありませんか。少し急いでいまして、すぐに効く方法を聞きたいのですが」
「それなら狐使いに頼むことです」
「何処にいます」
「普段は駄菓子屋なんぞをやっているような普通のお婆さんですよ」
「どんな方法で落とすのですか」
「狐で落とします」
「はあ」
「狐使いは狐を持っているのです。非常に強い狐です。ただこれは動物の狐とは違います。これを竹の筒に入れて持ち歩いています。これが効きます。狐に取り憑かれている人に近付けると、怖がって、逃げ出します」
「随分と単純な方法ですねえ。術も何もない」
「そうです。しかし効くのですよ、これが」
「その駄菓子屋のお婆さんを紹介して下さいますか」
「腰が痛いと言って、最近外出できないようなので、私が代わりにやりましょうか」
「え、博士がですか」
「はい、そのお婆さんから狐の竹筒を預かっているものですから、別にお婆さんがいなくても、私でもできます」
「ぜひ、お願いします」
妖怪博士は、その外人の住むマンションへ行き、悪魔に取り憑かれている娘が寝ている部屋へ入った。
そして、何とかソワカとか、適当な呪文や、真言密教を唱えると、娘の目が変わってきた。エクソシストの英語とかラテン語と違い、聞き慣れないため、きょとんとしているのかもしれない。
本来ならエクソシストの姿を見れば、狂ったようになり、本当に悪魔が中にいるのではないかと思えるほどの形相になり、声も変わるらしいが、そのスイッチが入らないようだ。
娘は、何かが行われていることは知っていた。言葉は分からないが、妙な東洋人が竹筒を取り出し、その栓を抜き、娘の下腹部にあてがった。
さらに竹筒の反対側、これは手前側だが、そこは蓋が付いてており、それをすっと抜いた。竹細工ものだ。これで、竹の両端が開き、所謂筒抜けになった。妖怪博士は望遠鏡のようにそれで覗き込むと、娘は股に手を当て、隠した。
その上から、今度は目ではなく口に当て、息を吹きかけた。まるで鞴だ。
娘は毛布を被り、丸くなってしまった。
「大丈夫ですか博士」
「さあ、狐使いの婆さんの仕草を真似ているだけなので、私にも分からない」
次は娘の耳に竹筒を当て、ふーと吹いた。
「それは何ですか博士」
「狐を耳から入れて、中の狐を追い出すらしい」
「あ、はい」
娘はくすぐったいのか、顔が崩れた。一瞬笑顔になったと言っていい。
「笑いましたでしょ」
「はい、見ました博士」
「これを笑門と言いまして、悪いものはここから出ていきます。そして笑う門には福が来る」
「何ですかそれは」
「古いことわざです。これで、終わりでしょう」
その後、娘は平常に戻った。
エクソシストは、かなりのお礼を貰い、帰国した。その前に妖怪博士宅を訪れ、礼を言ったのはいうまでもない。
妖怪博士は無造作に竹筒をぽんと叩いた。こんなものが効いたわけではないことを彼が一番よく知っている。
それ以前に悪魔など、取り憑いていなかったのだろう。日本に呼ばれたエクソシストも、儀式用の人で、研究会の人だった。
悪魔に取り憑かれたという娘と家族は、数週間後、帰国した。他国で娘がノイローゼになり、それを心配して、早く帰国したかっただけのようだ。
妖怪博士は、その程度の話だろうと思っているのだが、本当に悪魔が入っていて、駄菓子屋婆さんの狐竹筒芸で、追い出した可能性も否定していない。何故なら、娘の表情の中に、一瞬怖いものを見たからだ。
了
2015年8月9日