小説 川崎サイト

 

お盆の仏壇


「今年のお盆はどうでした」
「何処へも行かず、普段と同じように近所をぶらぶらしていた程度ですよ」
「私は精進料理を食べに行きましたよ。これがまた高くて高くて、しかし山の中なので、涼しくて、それはそれでよかったのですがね」
「僕なんて毎日精進料理ばかり食べてますよ。野菜でしょ」
「そうです。私は肉ケがないと駄目なので、脂っこいものばかり食べていますからね、たまには精進料理を食べたいと思っていたのですよ。一食なので効果はありませんが、一応その日は肉抜きで過ごしまたよ」
「そうですか、しかし今年の盆はうっかりとしていましてねえ。お盆だと分かっていたのですが、何もしなかった」
「ご先祖さんのお迎えは」
「忘れてました。それに供え物も。しかし、盆とは関係なく、バナナを供えていたんです。これはお盆だから供えたのじゃなく、バナナの保存場所にいいんです」
「え、何がいいんです」
「仏壇が」
「ほう」
「薄暗い奥の部屋に仏壇があって、ここが一番涼しい部屋なんですが、エアコンが来ていないので、僕は使っていませんがね。その仏壇の中が腐りにくい。バナナなんてすぐに熟して、さあ食べようと思うと、黒くなってるわ、溶けそうになっているわでね。冷蔵庫に入れればいいんですが、そうすると冷菓になる。腹に悪い。それで、仏壇にバナナを供えました。置いたと言うべきでしょうか。ただ、お盆だということに気付かなかった。しかし偶然でもお盆の日に供えたのだから、一応お盆の供え物だ。何も供えないよりはいいでしょ」
「ご先祖さん、帰って来て、それじゃ、手抜きだと思いませんか」
「ああ、それに気付いたのは送り火が過ぎたときですから、もう帰ったあとでしょ」
「そうですねえ。帰り際文句を言って去られると、怖いですねえ」
「ところが三年前でしょか。体調を崩して寝込んでいた夏がありました。そのときはしっかりとお盆のお供え物もしましたよ。そして、お盆が明けると淋しくなりました。もう帰られたのかと思うとね」
「何か気配でも」
「あれば怖いですよ。帰って来られているつもりで振る舞うわけです」
「そのときはやはり精進料理ですか」
「いつも食べているものを食べますよ。野菜が多いですがね。トマトが食べやすい。あれにソースをかけたものを洋食だとご先祖さんになってしまった婆ちゃんが言ってましてねえ。婆ちゃんはソースをかければ全部洋食になるんです。お好み焼きも洋食って、言ってました」
「はい」
「魚や肉は供えられませんが、食べるのはいいのですよ」
「先ほど、寂しいと感じたのは何でしょうねえ」
「ああ、送り火のあとですか。心細かったんでしょうなあ。体調を崩していましたから。一緒に連れて行って貰いそうになりましたから、あの夏は」
「はい」
「二泊三日でしたなあ。ご先祖さんがいたのは、短いです。朝、もういないのかと思うと、淋しくてねえ」
「それなのに、今年はお盆さえ忘れている」
「そうなんです。勝手なものですよ。調子のいいときは、仏壇などバナナ入れになってしまいますよ。しかしですねえ」
「出ましたか」
「何が」
「お盆にご先祖さんが」
「そうじゃなく、体調を崩した年は、毎朝水を供えていたんです。それが癖になりましてねえ。今もそれは欠かさず供えていますよ」
「何でしょうねえ」
「習慣になるとそうなります。忘れると悪いことが起こるんじゃないかとね」
「はいはい」
「まあ、水だけは供えていますが、これは癖で、特にもう意味はないのですが、朝ご飯を食べるとき、今朝も無事に生きていると確認したりとかね」
「いい習慣になりましたねえ」
「神や仏なんて、意識していないときの方がいい状態ですよ」
「はい」
 
   了




   


2015年8月18日

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