小説 川崎サイト

 

元気回復法


「元気がないときはどうされます」
「されますねえ」
「どんな方法で元気を回復されますか」
「それはねえ、弾を用意しているんですよ。これをやると、元気になります」
「その弾とは」
「好きなことですよ」
「はい」
「ただ元気がないときなので、大きな動きはできませんがね。趣味程度。一番いいのは欲しかったものを、そういうときに買うのです。これはテンションが上がります」
「余計に具合、悪くなりませんか」
「そこまで不元気じゃないので、その程度はできる元気は残っていますよ。これが効かないときは余程元気がないというか、入院でもしないといけないときでしょうねえ」
「精神的な面では」
「ああ、気が滅入ったり、そんなときですか」
「はい」
「やはり、弾ですよ」
「買い物とか」
「そうです。例えばつぶれかけの扇風機を新品にするとかね。最近はネットショップで買います。だから、出掛けなくてもいい。先ずそれが届くのが楽しい。中一日で届くことが多いのですが、当日、じっと待っています。早く回してみたいですからね。その待つのも楽しい。これで、殆ど元気回復ですよ」
「簡単でいいですねえ」
「あなたは?」
「私は問題が解決しないと、元気が出ません」
「あ、それは大変だ。まあ、世の中解決しない問題ばかりでしょ」
「あ、はい」
「好きなことはないのですか」
「ありますが、元気がないときはやる気もしません」
「あ、そう」
「私も、あなたのように弾が欲しいです。特効薬のようなものでしょ」
「それには弾を用意しておかないといけませんよ。弾切れになることが多いですから」
「欲しいものが変わるとか、やりたいことが変わるとかですか」
「弾は何発もありません。扇風機のようなのは小さな弾でしてね。まあ、二三日で終わるようなネタですが、そのときの気分が大事なんです。これで一瞬気をよくしたり、楽しんだり、興奮したりします。ただ、扇風機ですからねえ。それほど大はしゃぎするようなものじゃないですが、やっと音が静かな扇風機に買い換えたという満足感があるのです。この小さな充実が、いいきっかけになる。一度いい思いをすると、もっとしたくなる。といってもう一台扇風機を買うわけにはいかない。二十年、いや三十年の蓄積があります。その扇風機にはね。気になりだしたのは五年前からですが、この弾は一日では作れない」
「何か、違う話のような」
「え、何が違います。元気の出る方法でしょ」
「そうなんですが、そんな扇風機で治りますか」
「治ります」
「ああ、はい」
「気持ちの流れで変わるのです。それこそ風の流れ、空気の流れ。扇風機だけに具体的でしょ」
「その風ではなく、人生の」
「また、大きなネタを」
「目先のことでは誤魔化せないような」
「それは根が深い。まあ、それは解決しないでしょ」
「はい」
「じゃ、損じゃないですか。ネタが悪すぎますよ」
「そうですねえ、扇風機が故障しているなら、簡単ですよね」
「それが解決すると、その後の流れが、少しだけ変わりますよ。気分がいいし、機嫌もしばらくいい。それに乗ることです」
「じゃ、私も扇風機を買います」
「故障ですか」
「いえ、五年前買ったもので、無事です」
「それじゃ、効果がない。他に、何かあるでしょ」
「はい、探してみます。あ、そうだ。使えるカメラがありません。長いこと、買っていない。フィルム時代のカメラで、一生もののライカだったんですが、使う気がしなくて。今はデジカメでしょ」
「非常に良いことを仰る」
「そうなんですか」
「適当に一台買ってみればよろしい。安いですよ。今」
 そして、本当にデジカメを買ったようだが、元気が出たかどうかは分からない。
 
   了

 


2015年8月24日

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