小説 川崎サイト

 

風行


 この話はフィクションで、あり得ない話だが、あろうと思えば有り得る話でもある。そして実際にあったのかもしれない。今もあるかもしれない。非常に単純な話なので。
 台風の日などによく現れる団体がいる。一人ではなく複数の人達だ。これは着ているものが少し変わっているためだろう。一人では目立ちすぎる。団体だとさらに目立つのだが、群れを成している方がいいのだろう。そういうものだという意味ができたような。
 その着ているものだが、珍しいものではない。しかし日常着るものではない。それは真っ白な着物でかなり薄い浴衣だろうか。浴衣なのでそのまま蒸し風呂に入れる。
 この団体は見た感じは行者風。しかし巡礼に近いかもしれない。修行をしている人達には見えないからだ。
 彼ら彼女らはそれを修行着と呼んでいる。そうなると新興宗教に近いのだが、昔からある行のようだ。
 その団体は過酷な運動をするわけではない。体力もなさそうだし、動きも鈍い。だからまるで旅館から少し歩いたところにある露天風呂へ行くような感じなのだ。これはその目的に近いものがある。
 そのときの台風は風台風で、雨はあまり降らなかった。そのため、これは一番都合のいい条件らしい。
 要するに滝に打たれる水行ではなく、風に打たれる風行なのだ。水は必要ではない。むしろ雨などは邪魔だ。風だけの方が好ましい。台風の日は風が強く、風に打たれると言うより吹かれるにはもってこいだが雨も降る。そうなると水に打たれることになる。これではだめらしい。
 幸い今回の台風は、去ったあと、雨はすぐにやんだ。しかし風が相変わらず強い。風行にもってこいだ。
 この団体はただ風に吹かれているだけのことだが、風で祓っているのだ。水で清めるのと同じだ。水では落ちないものが、風で落ちる。悪いものが風で吹き飛ばされるのだ。
 それなら団扇で扇ぎ倒せばいいのだが、そうではなく、自然の空気の流れから発生する風でないとだめらしい。これだけを目的とした場所もある。谷風だ。谷間の風は結構強い。鳥葬のように、風葬もある。風葬は骨を粉にしないといけないが。
 台風の日は、そういった場所へ行かなくても、手軽にいい風が手に入る。
 風祓い、風送りと言われている民間信仰だが、当然、それはフィクションだ。
 しかし、今の人が思い付くような話は、昔の人はとっくにやっていた可能性がある。
 
   了




2015年8月29日

小説 川崎サイト