小説 川崎サイト

 

台風一過


 台風一過で秋の空になった。と毎年今村は言っている。これを言わないと一年が越せないように。しかし台風は何度か来る。台風一過なのに、そのあとも雨、青空見えず、のときもあるだろう。だから、全ての台風には当てはまらないが、一度は必ず台風一過の青い空とかが言える。
 今年はそれを夏の終わりがけに済ませた。これで年が越せる。あと何度か台風が来るので予備もある。年に二回、三回と言えるかもしれない。ただ、台風が去ってからすぐに雲を持っていき、すぐに青空になったという早業は滅多にない。今回も一日以上過ぎてからの台風一過で、少し遅い。
 湿っていた空気がカラッとし、久しぶりに夏の終わりの秋の空に今村は満足を得たのだが、だからといって何かが変わるものではない。空が変わっただけだ。それらの移り変わりを見ているだけでも十分だと思えるほど風流人ではない。
 要するに台風一過という言葉を使いたいだけなのだ。そして、出先で知り合いに、この言葉を連発した。
 今村には孫がおり、この娘夫婦が実は台風一家なのだ。本当の台風よりも、娘と孫二人が遊びに来るのが一番怖い。娘婿は流石に今村、つまり舅の前では大人しい。そしてあまり来ない。
 今村は子供はあまり好きではない。だから孫が来ても嬉しいと言うより、面倒臭いし邪魔臭い。孫はまだ人見知りしない年齢なので、とんでもない遊びを今村に仕掛けてくる。これが小学校高学年あたりになると、狼藉はしないだろう。それまでの辛抱だが、娘が常にトラブルを抱えており、それを父親である今村に訴えてくる。実際に今村が乗り出して解決した問題もあるが、娘の方が悪いことが多い。
 親は間違っていても、悪くても、子供の味方をしてしまう。今村は教育熱心ではないので、教育的指導をしてこなかった。父親が出るような幕ではないためだ。
 その台風一家が今年の盆には帰って来なかった。正月に帰って来ただけで、今年は台風の襲撃が少ない。例年なら三ヶ月に一度は泊まりがけで帰ってくる。一週間ほどいることもある。この間家の中は台風状態で、早く通過すればいいと願うばかりだ。
 本物の台風一過は終わったが、台風一家の襲撃はまだだ。逆にこの静けさが気になる。
 その予報はない。気象衛星ひまわりでも観測できない。ある朝、突然電話があり、昼には直撃を受けている。
 そろそろ、その電話がかかってくるはずなので、電話が鳴る度に、今村はどきりとする。特に朝早くの電話は。
 
   了




2015年8月30日

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