小説 川崎サイト

 

芝垣の婆


 そこそこ名の通った企業の支店が田舎町にある。それ以下の田舎には流石に支店はない。だから一番小さな支店だ。そこに芝垣の婆がいる。そこに棲み着いた妖怪のような存在だが、ヌシと呼ばれている。
 この芝垣支店の支店長はよく替わる。支店長は若い。年配の支店長がいる場合は、左遷だろう。島流しだ。
 支店長の下に正社員が二人おり、あとはパートだ。芝垣の婆はそのパート筆頭、パート頭、チーム頭ではない。パートとして採用された新人と同じクラス。しかし、誰よりも古い。
 年功序列ではないので、年を食っていても偉くはない。それにこの婆は仕事ができるわけではない。年々仕事の効率は落ちている。中年過ぎからここで働いているのだが、大した仕事をしてきたわけではない。また、パートがやっている仕事は雑用のようなもので、誰でも出来るようなものだ。もしこの婆が正社員だったとしても、平社員のまま終わるだろう。あまりできの良い人ではないのだ。ただ、口が達者で、小言が多い。文句が多い。
 パートの殆どはこの婆のためやめていく。相性が悪いと意地悪されるためだ。仕事は下手だが長年いるため、地元のことや会社のことについても詳しい。取引先の殆どを把握している。誰と誰が仲がいいとか、悪いとか。そういった下世話なことだけは飛び抜けて達者だ。
 新入社員も当然この婆に一目置いている。扱いが悪いと目に見えないところで、トラップを作る。赤子の手をひねるように、簡単に新人社員など欺され、填められ、ひどい目に遭う。そして、トラップを仕掛けた婆が救済する。自転車屋が店の前に尖ったものを仕掛けて、パンクさせているようなものだ。
 当然新たに赴任した支店長も、本社で芝垣の婆についての噂を聞いている。親切な同僚や先輩がいるのだ。芝垣支店へ行けば、まずは芝垣の婆の機嫌を取ること。そうすれば全て上手く行くと。
 これは上手く行くと言うより、邪魔されないように婆扱いを上手くせよという意味だ。
 支店での人事権は支店長が持っている。やめさせるのは簡単だ。しかし理由がなかなか見付からない。
 芝垣の婆を首にしようとした支店長もいた。その存在が気に入らなかったのだろう。その支店長は赴任したとき、ここの支店には既に支店長がいるように思われた。あの婆が支店長のようなものなのだ。それではいけないと思い、婆の出勤日を減らした。徐々に減らし、影響力を弱めた。しかし、支店が機能しないほどの妙な雰囲気になり、支店の成績が落ちた。
 その後、この婆をどうにかしようという人は現れなかった。
 池のヌシ、湖のヌシのようなこの芝垣の婆は、もう立派な妖怪なのだ。
 その後、本社に戻った歴代の支店長が相談し、化け物退治の案件を取り締まり役会に上げた。今では重役になっている人達の中にも芝垣の婆に痛い目に遭わされた人がいた。
 これは簡単に決まり、すぐにこの婆退治だけのことで、刺客の支店長が芝垣へ使わされた。
 しかし、返り討ちに遭ったようだ。
 世の中には手の付けられない化け物がいるものだ。
 
   了

 



2015年9月9日

小説 川崎サイト