小説 川崎サイト

 

窓に浮かぶ大顔


 ベッドから窓が見える。二階の部屋。窓の向こう側は狭い庭。余地だろう。すぐにブロック塀があり、隣の家。窓の下は何もなく、そのまま地面まで一直線。窓は崖に空いた穴のようだ。ベッドのある部屋の真下は居間。狭いが部屋数の多い家だ。
「分かりますか、この構造」
「ああ何となく。でも密室殺人事件なら、もっと細やかな情報が欲しいですねえ。窓の真上は」
「真上は浅い庇で、その上は壁で、その上は勾配のある屋根です」
「実物を見れば分かりやすいのですが」
「壁は新建材、はめ込み式です。屋根も樹脂製」
「問題はその窓ですか」
「そうです。アルミサッシのシンプルな窓で、畳一枚横に置いたような大きさです」
「それで、その窓がどうかしましたか」
「構造を先に述べましたが、要するに壁にぽかりと開いた窓で、出っ張りはありません」
「はい」
「夏場は開けっ放しのままでした」
「蚊が入るでしょ」
「網戸があります」
「窓の説明のとき、網戸については触れられていませんでしたねえ」
「あ、はい」
「それで」
「その夜はカーテンが開いていました」
「カーテンの説明もありませんでしたよ」
「ああ、見ればすぐに分かるのですが、普通の住宅にあるような窓で、普通にカーテンぐらいはあるでしょ。だから省きました」
「遮光カーテンですか」
「そこまで説明が必要ですか」
「場合によっては」
「遮光ではありません」
「窓は硝子窓でしょ。これは普通に考えれば、そうだと思いますが。透明ですか」
「透明です」
「それで、どうなりました。窓の話は」
「ベッドから窓が見えるのです。説明がくどいので、省きましたが、窓は閉めていました。カーテンだけが開いていました。涼しくなってきましたのでね」
「はい。じゃあ、足を窓側にしてベッドがあると」
「はいそうですが、ベッドは部屋の隅、窓は部屋の真ん中なので、やや右側に見えます」
「それで、その窓がどうかしたのですか」
「カーテンも閉めていません」
「はい」
「何故窓が気になったのかと言いますと、これは夜の話なのですが、寝付けなかったからです。体調が悪いとき、逆に眠れないことがあるんでしょうねえ。薬は飲んでいません。風邪っぽいだけです。目を閉じても、目の筋肉が痛いほど瞼が下りないので、無理をせず目を開けていました。枕を高くして。そのため、窓が視界に入ってきました。これはいつも見ているはずなのですが、窓そのものなどじっくりと見ていません。それにいつもはカーテンを見ているのであって、窓を見ていない。カーテンがないと隣の家の屋根や窓、そして手前に庭木が見えます。それらはいつ見ても同じです。葉の変化はあるのでしょうが、窓の向こう側を見ることは殆どありません。隣の家の窓も見えますが、いつもカーテンが閉まっています。そしてこちらもいつもカーテンは閉めています」
「隣の家に何か異変が」
「違います。窓のすぐ向こう側、窓にへばりつくように、いるのです」
「え」
「窓の向こうに何かいるのです」
「何かとは」
「人が通ったり」
「ああ」
「大きな顔が、窓から覗いていたり」
「何とも言えない話ですねえ」
「何でしょう」
「見覚えのある顔ですか」
「ありません。それにサイズ的にも、そんな大きな顔はありません。窓一杯の顔ですから」
「そんな窓一杯の大きな顔なら巨人でしょ。立ったまま二階の窓が覗ける」
「その身長なら三階の窓でも覗けそうですが、そんな巨人いません」
「それよりも、そんなものを見て、どうもないのですか」
「はい、気が付かなかっただけで、ずっと出ていたのかもしれません」
「どういう意味ですか」
「非常に説明が重複しますが、窓など見ていなかったからです。それにカーテンはいつも閉まっていますし。昨日はたまたま開けたのでしょう。そして、いつもはベッドの上からしげしげと窓など見ませんから」
「窓の前に、何か置いていますか」
「背の低い本箱です。その上を棚として使っています」
「ベッドからだけではなく、窓を見る機会があるでしょ」
「大概はカーテンが閉まっていますから。これは隣の家との暗黙の約束のようなものかもしれません。どちらも閉めています」
「じゃ、昨夜はどうして開けていたのですか」
「それがよく分かりません。体調が悪くなったので、風でも入れようと、カーテンを開けたのでしょう。しかし窓を開けようとしたところで、やめたのかもしれません」
「それで、閉め忘れたカーテンで、窓の外が見える状態になり、さらに風邪の症状で逆に目が冴えて眠れないので、窓をじっと見ていたということで、いいですね」
「はい」
「同じ場所、同じものをじっと見ていると、そのものが動き出したりするものです。見詰め続けると、別のものが見えてくることもあります」
「ないものでもですか」
「そうです。もう目で見ていないのです」
「じゃ、その大顔も」
「そうです。何の用事があるというのです。その大顔さん。あなたに用事があるはずでしょ。それに知らない顔なんでしょ」
「反射して、よく見えなかったのですが、ダルマさんのような顔です」
「または」
「え」
「あなたは眠れないので、窓を見ていたと言いますが、寝ていたのでしょう」
「そうなんですか」
「結局眠られたでしょ」
「はい、いつの間にか寝付いたようで、起きると朝でした」
「目を開けたまま眠っていたのかもしれません。窓と夢とが重なったような。これは夢でなくても、寝入りばな、色々な映像が出て来るでしょ」
「そういえば」
「思い当たりましたか」
「あの達磨顔、寝る前にたまに浮かんだりしていました」
「間隔は」
「何年かに一度程度です」
「きっとウトウトしていたのでしょう」
「幻覚じゃなかったのですね」
「際どいところでしょうねえ」
「今度はよく注意して、窓を見ることにします」
「はい、お大事に」
 
   了


 


2015年9月12日

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