小説 川崎サイト

 

栗を得る


 秋は栗の季節だ。
「何もないところから作る。白紙の状態から作る」
「はい」
「納得できますか」
「何も書いていない紙に、何かを書くことでしょ。これはできます。何か書かれているノートの隙間に書くよりも、白紙の方が書きやすいですよ」
「そういう意味ではなく、何もないところから何かを作るのです」
「え、それはできないでしょう」
「そのことを言っています」
「紙もないのに書けません。それにペンとか鉛筆がいるし、机もいるんじゃないですか。ぺらぺらのノートを持った状態で書くとなると、大変です。下手な字が余計に下手になる。それに私、漢字をあまり知らないのです。だから辞書がいる」
「そう言うことではなく、新しい発想で書く」
「新しい」
「古くてもいいのですが、あなたが考え出した、思い付いたことを書く」
「文字を書く話ですか」
「絵でもよろしいし、事業でもよろしい」
「家事は」
「家事」
「ご飯を作ったり、掃除をしたりとかです」
「そこでも創意工夫が必要かもしれませんねえ。しかし、既にあるもので、問題はないでしょう。新たなもの、オリジナルなものを作るときの心構えを述べています」
「色々と条件がありそうで、面倒そうですねえ」
「白紙からものを作る」
「はい」
「意味が分かりましたね」
「黒い紙からじゃだめなんですか」
「黒い紙では白インクや白鉛筆がいるでしょ」
「じゃ、灰色の紙では」
「それでもよろしいですが、白紙というのは、何も書かれていない紙を差すのです」
「普通、白紙って何も書かれていませんよ」
「紙などの筆記用品の話じゃないのです」
「ああ、はい」
「創作の話です。白紙とは、何もないという意味です」
「何も」
「そうです」
「でも何かあるでしょ」
「一から考えるという意味です」
「一とはどのあたりですか」
「最初だ」
「生まれたとき」
「そこまで戻らなくてもよろしい」
「初めの頃からですね」
「いや、初心者に戻れという意味ではありません。今までのことは捨てて、または心をまっさらにして」
「それは心構えですね」
「違います。精神論ではなく、ものを作っていく創作者の話です」
「創作者」
「誰も作ったことがないものを作る人です」
「誰か、作っているでしょ。似たようなもの」
「それは構いません、それは偶然です」
「はい」
「お手本なしに、一から自分で考えて作りなさいと言っています」
「何も参考にしないで?」
「そうです」
「参考にするでしょ。考えているとき、そう言うのが出てくるはずですよ」
「それではクリエーターとは呼べません」
「ああ、はい。栗を得るのですね」
「あなた」
「はい」
「分かっていて、そんな返答しているでしょ」
「分かります?」
「はい」
 
   了



2015年9月13日

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