小説 川崎サイト

 

水槽の奥


 地下鉄や私鉄、JRなどの乗換駅のある大きな街へ久内は久しぶりに出て来た。どうしても手に入らない中古ゲームソフトを買いに行くためだ。このタイプのソフトを売っている専門店は、さすがにリアル店になる。
 古いソフトなので、古いパソコンでないと動かない。久内は奇跡的にそんなマシーンを持っていた。まだ動くのだ。当然ゲームでしか使っていない。
 買ったのは美少女RPGゲームで、その大作だ。名作だとも言える。フロッピーディスク十枚組で、ハードディスクにインストールして使うタイプなので、フロッピーだけで動かすゲームに比べ、新しい方だ。その分、グラフィックが優れている。よく書き込まれた絵が大量にあるし、簡単な3D画面で、洞窟や街を移動できる。ただし、レールでもあるかのように、その上だけだが。
 久内はやっと念願のゲームが手に入ったので、喫茶店で休憩した。ネットにも、このソフトの在庫は分からない。ネットショップでは置いていないのだろう。そのため、店に直接行って、自分で探さないといけない。それがやっと見付かったのだ。
 この街へ出たとき、行きつけの喫茶店を久内は持っている。持っていると言うより、知っているという程度で、昔からある店だ。
 久内は適当に飲み物を頼み、出て来たものをしっかりと見ないで飲んでいた。目はゲームのマニュアルにある。操作方法などが書かれている。そのマニュアルのタイトルが魔導書。実際にはインストール方法や、初心者ガイド、武器や防具やアイテムなどの一覧が示されている。それをじっくりと見ている。もう既にゲーム内に入り込んだように。
 しかし、文字が小さく、一寸目が疲れたため、周囲を見た。広くはない喫茶店だが、客は多い。その殆どが独り客。久内と同じように休憩しているのだろうか。この店は喫煙できるため、煙草を吸いに来たのかもしれない。
 奥のテーブルに四人客がいる。何かの集まりだろうか、遊び着の団体だ。それ以外の客はぽつりと一人。
 特に変わった光景ではない。独り客のほぼ百パーセントはスマホなどの端末を覗き、指で繰っている。これも電車内ではお馴染みの光景などで、特に言うほどのことではないのだが、久内は少しだけ気になった。それを気にしなくなってから久しいが、あの小さな水槽のようなものを覗き込んでいる姿をしげしげと見続けていると、やはり不思議だ。
 久内はケータイゲームや、小さな画面のゲームはしない。よく見えないことと、操作が分かりにくいためだろう。
 それよりも、彼ら彼女らは何を覗き込んでいるのだろう。一人でポツンといるとき、とりあえず取り出して、その水槽の中を覗き込むのだろう。何を見ているのか、読んでいるのかは様々だろうが、まるでその人の脳内の海を見ているようにも思えた。この手のソフトはネットに繋がっている場合が多い。
 天気やメール、SNSなどのチェック、取り込んだ動画などを見ているのかもしれないが、それら全てが久内にはゲームに見える。
 ゲームの中のキャラクタではなく、生キャラのゲームのように。
 すぐ横にいる年寄りも、ケータイで何をか見ている。こちらはボタンを押している。一体どんな世界に入り込んでいるのだろう。覗き込んだまま目が動かない。もう入り込んでいるのだ。
 決してそれは緊急を要するような情報をチェックしているわけでもなそうだ。
 あの小さく長細い水槽の表面に、見知らぬ世界が浮かび上がっているのだろうか。実際には現実の何かのかけらが浮いていたりするため、異世界を覗き込んでいるわけではないだろう。
 目が戻ったのか、久内はまた小さな文字を読み出した。このゲームの攻略本はもう出ていないだろう。自分で模索しながらエンディングまでいく必要がある。
 この久内の姿を遠くから見た人は、さも重大な物事に対して、深く考察している人のように見えるかもしれない。
 
   了

 






2015年9月30日

小説 川崎サイト